第17話 式守家の行司は騎士団長の恐るべき陰謀を打ち砕く
ずずずと土俵が地面から持ち上がって行く。
魔法で召還したこの土俵の中には、縁起物のスルメや昆布、勝ち栗、米などは埋まっているのだろうか。
いや、この世界の相撲の神に手落ちなぞあるわけが無い。
かならず埋まっているだろう。
私は悠然と土俵に上がった。
拍子木がリズミカルに鳴っていた。
アデラがいきなり現れて、土俵上からきょろきょろあたりを見渡している。
「え、あっ、呼び出すのですか、はい、はい」
半透明の呼び出しの先輩にアデラは何かを教わっているようだ。
「ひがし~~~、フローチェ、フロ~~チェ~~。にいし~~~、マウリリオ~~、マウリリオ~」
粗忽メイドにしては、白扇子を開いて力士を呼び出す姿はなかなか堂に入っている。
マウリリオ将軍が強制力で土俵の上に上がってくる。
彼の顔は、汗をかいて青ざめている。
「す、相撲をする訳にはいかん」
「今になって臆しましたか、将軍」
アデラは一度土俵を降りると、なとりの懸賞旗を広げ持って、半透明の呼び出しの人たちと共に土俵の外周を回る。
なぜだか満面の笑顔だな。
「エアハルトは恐ろしい男だ……」
「近衛騎士団長になにかされましたか?」
「爆弾だ、魔導爆弾を甲冑に組み込まれた。フローチェ嬢は必ず組み付いてくる、その時には一緒に自爆しろと……」
「爆弾」
「その時は冗談だと思ったのだ、一万人の兵を破って私と組み付くなぞ、夢物語だと、だが……」
馬鹿な、爆弾とは、あからさまな反則だ。
相撲にあってはならないことだ。
『マウリリオ将軍、爆弾の事をばらしてしまったね、残念だが爆発するよ』
どこか軽薄なエアハルトの声がして、マウリリオ将軍の黒い甲冑の肩に5の数字が浮かび、すぐに4に変わった。
「いかんっ! フローチェ嬢! この土台から逃げるんだっ!! 君が死ぬ事はないっ!!」
マウリリオ将軍はそう怒鳴るが、私は土俵を割るなぞまっぴらごめんだ。
「マウリリオが反則です」
私は行司に声をかけた。
式守家のおじいさまは鷹揚にうなずき軍配を下げた。
「早くしろっ!!」
将軍は焦って私に怒鳴る。
肩の数字は2になっていた。
行司は軍配を鋭い動きで上に振った。
将軍の鎧が消滅した。
彼は全裸で土俵上で立ちすくんでいる。
ドドーーン!!!
巨大な爆発が高空に広がり、音が少し遅れて響いてきた。
ぱらぱらと細かい煤が降ってくる。
一万人の軍と、アデラと私と、全裸のマウリリオ将軍が全員空を見上げて沈黙している。
「な、なにが?」
「式守家の行司なのですから、瞬間転移魔法ぐらい使えるでしょう、当然のことです」
審判団の半透明の親方衆が土俵の上に上がってきた。
『フローチェ関は取り組みを続ける意思はあるかね?』
はっ、死んでしまった横綱の親方ではないですか。
まさか、声を掛けられるとはっ!
というか、この虚像の時系列はどうなってるのかしら。
もしかして、彼らは、死んでしまった力士が行く相撲の極楽から呼び出されているの?
「彼が自分の意思で反則をしたわけではありませんので、もちろん取り組みを続けます」
元横綱の親方はにっこり笑ってうなずいた。
良い笑顔だった。
ああ、あなたの取り組みは豪快で小さな私は大ファンだったんですよ。
はぁどすこいどすこい。
『ただいまの反則についてご説明します、魔導爆弾は本人の意思以外で持ち込まれたもので不問といたします』
わあっと、観客席が沸いた。
いつのまにか砂かぶりに席が出来ていて、そこに兵士達が座っていた。
枡席もあって、お弁当を食べたり、日本酒を飲んでいる兵士もいる。
だんだんと、土俵に付随する施設が増えていないだろうか。
私の番付表が上がってきたからだろうか。
本日の結びの一番だからだろうか。
判断が付かない。
行司が軍配を下げると、空中から臙脂色のまわしがゆっくりと降りてきて、マウリリオ将軍の手の中に入った。
「これは?」
「マワシです、相撲のユニフォームです。ユスチン、クリフトン、締めるのを手伝って上げて」
「了解しました、将軍、こいつを締めましょう」
「手伝いますよ、マウリリオ先生」
「ユスチン殿、クリフトンくん……」
塩をまきながら辺りを見渡すと、砂かぶりにリジー王子も来ていた。
私の視線に気がつくと、ニッコリ笑って小さく手を振ってくれた。
尊い。
はぁどすこいどすこい。
「とにかく、この競技では重心を低くして敵に当たってください。拳での攻撃は反則ですが、威力にデバフが掛かるだけで負けはしません。が、腰が立ってしまうのでおすすめはしませんな」
「な、なぜ、敵の私にそんなに親切に解説をしてくれるのだ」
「ははっ、先生、どんなに教えた所で、フローチェ親方には勝てっこないからさ、胸を借りる感じでぶつかって行きなよ」
「あのお方は、正々堂々が好きなんですよ、どちらかが情報が無いせいで不利になるのを嫌います。いや、親方ではないですな、相撲という競技にして神事の格闘技がそういう性格をもっていますんで」
「相撲、競技にして神事……」
臙脂色のまわしをキリリと締めたマウリリオ将軍はソップ型で勇ましい姿だ。
ユスチン氏に基本的な動作を聞いて、腰を下ろし中腰の動きを練習している。
「さあ、マウリリオ将軍、相撲を楽しみましょう!」
「わ、解った、相撲で勝負だ! フローチェ嬢!」
ああ、いい目をしている。
さあ、相撲の時間だ!!