第16話 相撲令嬢は一万人の軍隊を平らげる
軍は一個の生物とも言える。
兵を細胞として有機的に組み合わされ、巨大な敵、大量の敵軍に対抗できる人類の知恵だ。
軍が強いのは、兵が心を持っているからだ。
不正、理不尽、迫害に対しては驚くべきほどの士気を上げ、雄々しく戦う。
軍が弱いのも、兵が心を持っているからだ。
弱い物を虐げる、民を虐殺する、こちらに非がある戦いに軍は弱い。
士気が下がり、数と訓練を頼んで戦う以外に方法はなくなる。
私の前の一万の兵からなる軍は、傷つき、恐れてすくんでいる。
長槍兵は半壊した。
弓部隊の中で狙撃が出来るボウガン兵たちは地に倒れてうめいている。
騎馬部隊も気圧されている。
魔法部隊が前進してくる。
「魔法で攻撃せよっ!! 広範囲魔法は味方を巻き込む! 単体攻撃魔法を遠距離から撃ち、逆賊令嬢を討て!!!」
マウリリオ将軍が吠える。
魔法部隊はうなずき静かに前進しながら呪を唱える。
「「「ファイヤボルト」」」
「「「アイスランス」」」
「「「ストーンジャベリン」」」
「「「ウインドサイズ」」」
天を覆わんばかりの中級魔法の大群が私の方へ殺到してくる。
私は右足を上げる。
ドーン!
辺りに轟く四股の音で、全ての魔法の術式は崩壊し、魔力は霧散した。
「馬鹿なっ!! 軍用魔法にはアンチマジック欺瞞の術式がっ!」
「そんな一瞬で防衛攻壁を破ることなぞっ!!」
「聖属性の固有結界効果かっ!!」
理屈は解らないが、相撲に魔法は効かない。
相撲取りに理を説くな、インテリどもめ。
すり足で高速接近して、魔道士のローブの腰紐に諸手ざしをする。
「ぐううっ! な、何をするっ!!」
「掬い投げ」
魔道士の腋に片手を入れる。
ブワッ。
「な、なんだっ! 俺の風の魔力がっ!!」
どこからか強風が吹いてきた。
ブオオオオッ!
魔道士の体勢を崩すと風が押すように強まる。
緑の魔力が私と魔道士の周りに吹き荒れる。
轟々(ごうごう)と風が逆巻き、私のスカートと魔道士のローブがめくり上がる。
これは!
掬い投げに付与されている魔法効果なのか?
「竜巻掬い投げっ!!」
魔道士がギリギリギリと風に巻かれて回転しながら飛んでいき、魔道士の隊列の真ん中でほどけ、はじけとんだ。
ドカーーーーン!!
「ぐわーっ!!」
「があああっ!!」
風に巻かれて魔道士たちが吹き飛ばされてあたりに転がる。
一度に二十人ぐらいを倒したぞ。
これは?
風の魔道士を掬い投げたから、風の属性が乗ったのか?
他の属性の魔道士を投げれば、別の属性が乗るのか?
都合の良いことに、魔道士達は属性によってローブの色が違っていた。
火属性は赤、水属性は青、土属性は黄、風属性は緑だ。
私はすり足で青魔道士に接近する。
「や、やめろおおっ!!」
嫌がる青魔道士の腋に手を入れ、体を崩す。
ブオオオ!
あ、緑でも青でも風が付与される。
私はそのまま青魔道士を掬い投げた。
「うごぐわああああっ!!」
青魔道士もキリキリ舞いをして空を行き、魔道士隊の生き残りを巻き込んで弾けとんだ。
ドカーーーーン!!
「ぐわーーっ!!」
「ぎゃーっ!!」
これは面白い。
私は色とりどりの魔道士を捕まえては掬い投げた。
ドカドカドカーーン!!
「ぎゃーーーっ!!」
「ぐわーーっ!!」
「ま、魔道士部隊を救えっ!! 騎馬隊、蹂躙せよっ!!」
背後から騎馬隊が接近してくる音がした。
馬上の騎士達は槍を構え、最大戦速で突進してくる。
馬は、掬い投げられるだろうか……。
私は足を開き、重心を下げ、突進してきた騎馬を受け止めた。
ドカーーン!!
騎士が槍で刺そうとするが、そんな暇は与えない。
馬の前足の下に手を滑り込ませて体勢を崩す。
ブオン!
馬が嫌がって泡を吹くが気にしない。
思い切り体全体の力でひねりを加え。
ブオオオオオオオオオッ!
掬い、投げる。
馬を中心に竜巻が生まれ、ギリギリギリと回転しながら後方へと飛んで行き、他の騎馬を巻き込んではじけ飛ぶ。
ドカーン!!
「ぐわあああっ!!」
「ぎひいいいいっ!!」
うむ、馬も掬い投げられるではないかっ!
「貴様らーっ!! 何をやっているのかっ!! 怪我は軽傷だっ!! 早く立たないかっ!!」
マウリリオ将軍が、私に倒された後、体育座りをして動かない長槍兵の一群に怒鳴った。
私も気になっていた。
どうして兵はまだ生きているのに、立ち上がって向かってこないのか。
「将軍、お言葉ですが、我々はフローチェ嬢に負けました。槍を持った兵士が集団で令嬢に襲いかかり負けたのです。また立ち上がって生き恥をさらせと、そう言うのですかっ!」
兵士の一人が体育座りのまま憮然とした声を上げた。
「アリアカの精兵がっ! まだ命があるのに戦いを放棄すると言うのかっ!! 軍法会議に掛けるぞっ!!」
マウリリオ将軍の激怒の声に兵士の顔が歪む。
「将軍っ!! 私は、私はーっ、お嬢さんを殺すためにー、軍隊にー、居るわけではーっ!!」
兵士が泣き崩れた。
「そうですっ!! こいつの言うとおりっ!! 俺たちはーっ!! 国民を守りーっ!! お嬢さんやーっ!! 子供を守る為にーっ!!」
話をつないだ兵士も号泣した。
「一人でーっ!! 幼い王子を守りーっ!! 戦うーっ!! 英雄にーっ!! そんな、二度も三度も、掛かっては、掛かってはいくことはーっ、で、できないのですーっ!!」
座り込んだ長槍兵全てが顔をゆがめ、号泣した。
「ば、馬鹿者ーっ!! 馬鹿者ーっ!!」
マウリリオ将軍も、顔をゆがめた。
肩を震わせて、彼も泣いた。
その間に、私は掬い投げで騎馬隊を全滅させていた。
魔道士部隊も号泣した。
騎馬隊も号泣している。
被害の無い弓隊は困惑している。
「土俵召喚」
マウリリオ将軍が泣き顔をこちらに見せた。
「我々の負けだ……」
「まだよ」
「なにいっ!!」
「私は容赦がないのよ。あなたたちを完膚なきまで叩き潰すわ」
ざわっと一万人の軍隊が震えた。
「マウリリオ将軍、あなたに一騎打ちを申し込むわっ!! 相撲でっ!!」
「なにいいいっ!!!」
マウリリオ将軍の絶叫が荒野に響き渡った。