第15話 相撲令嬢は戦端を開き、新しき技をひらめく
四股を踏みながら、軍隊の陣形が変わるのを待つ。
どうやら、前列に長槍部隊、中列に騎馬隊、後列に弓隊、魔法部隊が並ぶようだ。
「あれは、どういう動きをする陣なんだろう」
「檄槌の陣は対大型魔獣用の攻撃陣形ですよ。一番前の長槍隊でまず、巨獣の足を止めます。その後に足を狙った騎馬突撃で更に速力を奪います。長槍隊、騎馬隊の波状攻撃を行い、巨獣が弱った所で、弓隊、魔法部隊でとどめを刺します」
いつの間にか呼び出しの人が私の隣にいた。
「なんで、そんな事を知ってるの、アデラ?」
「うふふ、秘密です、お嬢様。お嬢様の取るべき戦法は一人である事を生かして、長槍隊、騎馬隊を突破、まずは魔法部隊の壊滅でしょうか」
なんだろうな、この軍事知識は。
粗忽メイドのくせに。
「ありがとうアデラ、あぶないから下がってなさい」
「はい、ご武運を、お嬢様」
アデラはすたすたとリンゴの木の下へ向かって歩いて行く。
あの子とは、ずっとずっと昔の子供の頃から一緒に育ってきた間柄だ。
その記憶をたぐっても、彼女が軍に行ったという事実は出てこないのだけど。
まあ、良いわ。
そろそろ陣もまとまりそう。
こざかしい軍略は使わない。
目の前に来た敵をただただ倒すだけだ。
なぜなら。
私は、一麦の相撲取りなのだから!
陣が固まった。
マウリリオ将軍が中列、騎馬の後ろに付いた。
「目標、逆賊令嬢フローチェ・ホッベマー!! 全軍っ、突撃っ!!」
将軍が剣を抜き、振り下ろしながら号令をかけた。
「「「「うらあああああっ!!!」」」」
長槍兵が怒濤のようにこちらへ突進してくる。
二メートルにも達する長槍が前列中列後列と段階的に展開されている。
「いくぞ、【清めの塩】」
長槍兵に向けて握りこぶしいっぱいの塩を叩きつける。
「うぶあああっ!!」
「眼がっ、眼がっ!!」
前列の長槍兵の行軍が乱れ、中列の兵を巻き込んで倒れる。
私は姿勢を低くして乱れた隊列に躍り込む。
「ぐわーっ!!」
「あがーっ!!」
私の張り手で長槍兵が空中を飛んでいく。
中列、後列の長槍が私を突いてくるが、前列の兵が邪魔で突ききれない。
眼を押さえた長槍兵のベルトをもろ差しにし、股間に膝を押し込む。
バリバリバリバリバリ。
「落雷櫓投げっ!!」
落雷のように長槍兵を隊列の真ん中に投げ捨てる。
ドッシャーーーン!!
周囲を雷撃で巻き込んで二十名ほどの長槍兵が吹き飛んだっ!!
一瞬、私の周りに誰もいない空間ができた。
ビュッ!
くっ!! ボウガン!!
弓兵の中に何人かボウガン兵が隠れていた。
「いまだっ!! 狙撃して、逆賊令嬢を殺せいっ!!」
一発目が頬にかすり、ぬるりと血が垂れる。
「奴の攻撃法は格闘だ、接近せず、ボウガンの精密射撃で射殺せっ!!」
馬上でマウリリオ将軍が叫ぶ。
長槍兵が私の退路を塞ぐように周りを囲み、長槍をささげ全ての穂先が天を指す。
ボウガンは弓よりも射程が長く、狙撃ができる。
これは誘いだされたか……。
格闘技の天敵は飛び道具だ。
相手の間合いが遠いから、距離を詰めるのが難しい。
ボウガン兵はざっと見て十名。
一度に撃たれたら避けることはできまい。
「撃てー!!!」
五名、ほどが、矢を撃ちかけてくる。
五人、五人で、組み分けし、お互いの弓の巻き上げ時間を取るのか。
相撲魂が、動く。
あたらしい、技?
私の右手に聖なる相撲力が集まった。
張り手。
どこまでも届く長い長い張り手。
命名をした。
「張り手投石装置!!!」
パアンッ、と、右手が音速を超えた。
手の平の形の衝撃波が音速でボウガンの矢を打ち砕き、ボウガン兵の頬を打ち当たり、吹き飛ばし、地面に叩きつける。
パパーン、と、さらに、右手、左手が音速を超えた。
衝撃波が右と左のボウガン兵を襲い吹き飛ばす。
「なん、だと……?」
マウリリオ将軍が呆然とした表情で私を見る。
次弾のボウガン兵が、慌てて将軍の指示も待たずに矢を発射した。
パンパパンパンッ!!!
ボウガンの矢が吹き飛び、そしてボウガン兵たちも地面を転がり倒れ伏す。
――あと三人! 距離が遠い。
ピピピピと丸と十字が重なった照準マークが視界に出現し、ボウガン兵に重なる。
赤い相撲書体で『照準固定』と出る。
「狙い撃つっ!! 張り手投石装置!!!」
パーン!!
音速を超えた衝撃音と共に、手の平の形の衝撃波がボウガン兵を打ち倒す。
パンパーン!!
よしっ!! ボウガン兵は全て倒した。
「さあっ! 遠距離でもいいぞっ、近距離でもいいぞっ!! わが相撲を恐れぬならば、雄々しくかかってくるがいいっ!! 私は全てを地面になぎ倒してやろうっ!!」
「馬鹿な、そんな、馬鹿な……」
馬上のマウリリオ将軍が顎が外れるほど口を開けて、私を見ていた。
その眼には怖れの色が浮かんでいる。
鳥は依然として私たちの頭上で円を描き、時折鋭い声でビーーィと鳴く。