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第14話 大いくさは、まず相撲令嬢と国軍将軍との舌戦から始まる

 午後三時前だ。

 私は一人ドビアーシュ橋の上に立つ。

 トンビだろうか、頭上の遠くくるくると鳥が円を描いて飛んでいる。


 私の背後、リンゴの木の下で、リジー王子がユスチン氏とクリフトン卿に守られてこちらを見ている。


 遠くの峠から、平地へとこぼれ出すように黒い軍団が現れてこちらへ向かってくる。


 先行している斥候騎馬が近づいてきた。


「そこをどけいっ!! 女っ!! アリアカ王国正規軍の行軍の邪魔であるっ!!」

「どきませんわ、私はフローチェ・ホッベマーです。あなた方の前進をここで阻みます!!」

「ぬうっ!! お前は逆賊令嬢フローチェ!! 軍を出すまでもないっ!! この俺が手柄首にしてやるっ!!」

「やってみろっ!! 斥候兵!!」


 ダカカッと蹄の音も高らかに黒い軍馬が私に向けて突進してくる。

 背にのる斥候兵は悪鬼の形相で槍を構えた。


「死ねいっ!!」

「なめるなっ!!」


 軍馬の突進を私は腰を落とし、受け止めた。


 ガッシャーーン!!


 乙女から出るはずの無い轟音がして、軍馬は静止した。

 私は馬の両前足を掴み上げ、押し返す。


「ば、馬鹿なっ!! これは令嬢の力ではないっ!!」


 そうだとも、私は令嬢などというたおやかな生き物では無い。


「私は! 一陣の相撲取りですわっ!!」


 腰をぐいと入れて一閃、軍馬を橋の上から対岸へと投げかえした。


「うわーーーっ!!」


 人馬一体になって転がり、斥候兵は軍団の先頭に倒れ伏した。


 まずは一名。

 これを一万回繰り返せば、軍団は消滅する。

 たやすい事だ。


 倒れた斥候兵を見ても、軍団は動揺しない。

 さすがはアリアカの精兵、練度が高い。


 コンココンコンとテンポの早い拍子木が鳴り、番付表が開いた。


 赤文字。

『注意喚起』

 

強力士つよりきし出現:番付関脇』


 ほう、ユスチン氏より上のクラスの戦士が出てきたか。


 アリアカ城下出身 マウリリオ・タラマンカ とある。


 国軍筆頭のマウリリオ将軍を出してきたか。

 ジョナス王子も本気だ。


 彼は国軍を統べる将軍の一人だ。

 ちなみに、ゲームの攻略対象でもある。

 魔法学園で武術教師も兼任していて、聖女ヤロミーラと知り合い恋をする。


 軍の将軍と学園の武術教師を兼任するのは激務すぎて大変だろうと思うが、そこは乙女ゲームだから堅いことを言ってもしかたがあるまい。


「国軍右将軍マウリリオ・タラマンカであるっ! 逆賊令嬢フローチェ・ホッベマーよ、リジー王子を解放し、縛に付けっ! 抵抗しなければ命までは取ろうとは思わぬっ!」

「そちらこそ、軍を解散し、正当な王位継承者であるリジー王子にひざまずきなさいっ!! 偽りの聖女に騙された、女中を母に持つ凡庸ぼんようなジェナス王子をマウリリオ将軍は王とあがめたてまつるつもりなのかっ!!」


 ざわ、と軍に動揺が走る。

 そう、これは王家のお家騒動なのだ、どちらに正当性があるのか兵士たちには解らぬ。

 兵士にとって一番怖いのが、上司である将軍が逆賊側に付き、正当性の無い軍として討伐される事だ。


「ヤロミーラ様は正当な聖女だっ!! あの方を悪く言う奴は許さんぞっ!!」


 マウリリオ将軍は動揺の色を浮かべ、早口でそう叫んだ。

 ふん、聖女への心からの信頼が無いのが丸見えである。


 しかし、おかしい。

 硬派な乙女ゲームである、光と闇の輪舞曲にハーレムルートはないはずだ。

 ジェナス王子のエンドを選んだならば、他の攻略対象者がヤロミーラにこんなに固執するのはあり得ないのだが。

 なにかおかしな事が起こっている。

 それをただすのが、私であり、相撲スピリッツなのだろう。


 悪役令嬢たる私、フローチェの扱いもおかしい。

 記憶が戻る前、学園内の風紀を乱すとしてヤロミーラに注意をした記憶はある。

 だが、ゲームではジョナス王子が卒業パーティで婚約破棄を言い渡すだけで、刑罰は無かったはず。

 ましてや、暗殺者を差し向けて命をねらうなぞ、侯爵家にそんな伝手つてがあろうはずもない。


「では、なぜ、二人の逃亡者に一万人の軍を差し向けるのか! それこそ、毒婦ヤロミーラの悪事露見ろけんの恐れ、簒奪さんだつ王子ジョナスの心の弱さの表れではないのかっ!! 正々堂々の糾弾であれば、なぜ二人はここに来ていないのだ?」

「そ、それは、貴様がっ!! 逆賊令嬢フローチェが、怪しい技を使い、王城を破壊し、リジー王子を拉致したからではないかっ!! そんな、そんな、恐るべき……」


「ちがうよっ!!」


 はっとして振り向くとリジー王子が私の後ろに来ていた。


「リジー王子、ここは危のうございます、後ろに……」

「だめだよっ!! フローチェは僕を助けるために一人で軍隊と戦っているんだっ!! フローチェがいわれの無い悪口を言われてるんだから、主たる僕がそれを正さないといけないんだっ!!」


 リジー王子。


 彼の足は細かく震えている。

 軍が怖いのだろう。

 だが、それ以上に彼は勇気を振り絞ったのだ。


 なんという輝くような王威なのかっ。

 ああ、このお方こそが、正しきアリアカの王なのだ。


「見よ!! 皆の者っ!! これがアリアカの次代の王だっ!! お前達はリジー王の最初の伝説に愚かな逆賊として記され、未来永劫わらわれる存在になるのだぞっ!!!!」


 私は相撲スピリッツを高速回転させて、吠えた。

 全軍に届けと吠えた。


 私は、一万の軍勢が、子犬のように震えるのを見た。


「ぜ、全軍、攻撃準備!! 檄槌げきついの陣!! 逆賊令嬢フローチェを倒し!! リジー王子を保護するのだっ!!」

「し、しかし、将軍っ!!」

「だまれっ!! これは命令であるっ!! 橋の上の逆賊令嬢をドラゴン級脅威と認定、全軍死力を尽くせっ!! これはアリアカ王国の危機なのだっ!!」


「やってみろっ、マウリリオッ!! 私は、一歩も引かない!! 正しい事を悪意で捻じ曲げ、間違った事を力ずくで行うような奴らには、一万人と一人であっても負ける気なぞしないわ!!!」


 軍が号令を上げながら陣を変える。


 私は橋の上で土俵入りを始める。


 リジー王子は走ってきたユスチン氏に抱きかかえられて、リンゴの木の方へ向かった。

 そんな、泣きそうな顔をしないでください。


「フローチェッ!! 負けないでっ!!」

「まかせておいてくださいましっ!!」


 私は高々と右足をあげ、四股を踏んだ。


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― 新着の感想 ―
軍馬の突進を受け止めるなんて、ファリスの猛女と同じことをやってるw
[良い点] むう、馬の突進を受け止めるとは……! お相撲さんのぶちかましは1t以上、それを上回るであろう衝撃を真っ正面から……!(修羅の門スマイル&冷や汗) 剣や魔法に頼らない異世界ファンタジーの熱さ…
[良い点] 2話以降は、安心して笑えるように自宅で読ませてもらったぜ。 ここまで一気に堪能したよ。 イギリス映画「恋はハッケヨイ!」を上回る衝撃! 楽しみに次回を待つことにしよう・・・
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