第13話 ちゃんこの後に王子と共に軍略を確かめる
アデラと共に朝のちゃんこを作る。
豚肉があったので豚塩ちゃんこね。
「またちゃんこですか。朝から重くないですか、お嬢様。朝は優雅にハムエッグとクロワッサンとか、あっさりミルクポリッジとかですね、そういう物を食べて、起き抜けの胃をいたわるものじゃないんですか」
「うるさいわね、アデラ、朝稽古したから、起き抜けじゃないわよ」
アデラはうるさいけど、家事の腕は折り紙付きだ、くるくるとジャガイモを素早く剥いていく。
私は、タマネギを刻み、キノコを洗って手で裂く。
「男の方がいるから、量は昨日の半分ぐらいでいいですね」
「同じ量を作るわ」
「お嬢様~~~。朝からみんなそんなに食べませんよっ。残ったらどうするんですか、ちゃんこは汁物だからお弁当にも出来ないんですよ」
「うるさい、手を動かしなさい」
まったく、粗忽メイドめ、蹴手繰りをかけて転がすぞ。
鍋一杯のちゃんこができあがったので食堂へ運ぶ。
「うわあい、朝からちゃんこだっ!」
歓声を上げるリジー王子の可愛らしい事。
対してクリフトン卿は顔を引きつらせている。
「あ、朝から重くないか、親方」
「黙って食え、馬鹿弟子め」
「だってよう、師匠。朝って言ったら、もっと軽いもんでよう」
クリフトン卿は乙女ゲームの住人だから、小洒落た食生活が身についているのね。
「相撲が強くなるには、食事も稽古のうちなのよ」
「そうなのか、しょうがねえな。おっ、おお、うめえっ」
なんだかんだ言っても、しょせんは男の子、美味しい物を食べると上機嫌だわ。
「今日も美味しいねっ、フローチェありがとうっ」
「いいんですよ、たんと食べてくださいね」
私もちゃんこの椀を持ち、スプーンで食べ始める。
おいしい。
キノコと豚さんから良いお出汁が出ているわね。
お箸とご飯が欲しいわね。
領都で売ってたかしら。
王都でおにぎりが売っていたから、この世界には、お米も、お醤油も、お味噌もあるはずなんだけど。
私は、ちゃんこをがんがん食べたのだけど、リジー王子の食事の量よりちょっと上ぐらいしか入らないわ。
こんな事では理想の相撲取り体型になれないわ。
困ったわね。
「ごっちゃんです」
「ごっちゃん?」
「お相撲取りのごちそうさまの挨拶ですよ、リジー王子」
「そうか、ごっちゃんですっ」
そう言って笑うリジー王子のお顔の尊い事。
ああ、魂に突き刺さりますわ、萌えますわ。
はぁどすこいどすこい。
「俺も、ごっちゃんです」
「私も、ごっちゃんでした」
男の人が居ると食事がはかどるわね。
あれだけあったちゃんこも大体食べきった感じね。
「わあ、お腹がいっぱいですよ、お嬢様、ごっちゃんです」
あなたはいいわよ、呼び出しの人。
アデラに食器の後片付けを頼んで、テーブルの上をかたづけた。
宿にあった地図を広げる。
「クリフトン卿、軍隊の想定通過時間は?」
「そうだな」
クリフトン卿は腕時計を見た。
「軍の活動が八時半からだから、今頃は王宮の広場で編成が終わり、移動し始めた頃だ」
「ふむ」
この村の近くに橋がある。
「この橋に軍勢が到達する予想時刻は?」
「午後二時って所か」
「解りました、この橋の上で軍を迎撃します」
「わかった、橋を焼き落とすんだな」
何を言っているのだ、このチャラ格闘家は。
「このドビアーシュ橋の上で、私が一人で軍勢と戦います」
「「「「!!!」」」」
驚愕がフローチェ部屋の皆を襲った。
「む、無謀だっ! フローチェ……親方」
「一万人の軍勢は、一人でどうこうなる物ではありませんぞ、いかな豪傑でも思い上がりという物です」
「だ、だめだよう、フローチェ、死んじゃだめだよう」
リジー王子が胸の前で両手を握って、涙目でこちらを見つめてくる。
ふおっ、ふおっ、と、尊い。
軍隊との対決止めちゃおうかなっ。
はぁどすこいどすこい。
とか、思ったら、胸の奥で相撲魂が怒ってくるくる回った。
ごめんごめん。
「お嬢様、逃げましょう逃げましょう、ハリーアップ。どうせ軍隊なんか、足が遅いんですから、ホッベマー領都に先に入れますよっ」
「領都を軍隊が囲んでしまうわよ?」
「そ、それはその、領都軍とかが、やっつけてくれますよっ、お嬢様が頑張る事はないんですっ」
「領都軍は総数五千よ、かなわないわよ」
「ろ、籠城すれば、攻め手は防御側の三倍無いと攻略は出来ないと聞きますから、大丈夫大丈夫」
なんで普通に軍事知識があるのだろうか、この呼び出しさんは。
何者なの? アデラは。
「援軍も来ないのに籠城なんかできないわ」
私は指でドビアーシュ橋を押さえた。
「ここで、一万の軍を倒します。大丈夫です、なぜなら、できる、倒せる、一万人の軍勢なぞ何する物ぞと、そうささやくのよ、私の相撲魂が」
食堂は沈黙に包まれた。
「フローチェ……親方」
「それにね、みんな、たかが軍勢一万人を倒せないようでは、ヴァリアン砦も落とせないし、アリアカ城も落とせないわ」
「親方、本気なのですね」
「私はリジー王子を助けたいわ。この私に宿った相撲でね。ユスチンとクリフトン卿は橋の手前で王子を守ってね」
「かしこまりました、命に替えても」
ユスチン氏は、重々しくうなずき、頭を下げた。
「フローチェ!!」
リジー王子が私に飛び込んで抱きついてきた。
「フローチェ、が、がんばってっ! し、死なないでっ!!」
子供特有の熱い体温がお腹につたわる。
熱い涙がドレスの胸に降りかかる。
大丈夫。
大丈夫。
私と相撲を信じてください。
ゆっくりとリジー王子の頭を撫でる。
ふかふかとした猫耳の手触りが、私に勇気をくれる。
「お約束します。リジー王子に勝利をお届けすることを」
リジー王子は泣き声で、うん、うんとつぶやいている。
胸が熱くなる。
必ず、勝つ。
そう固く誓って、私は立ち上がった。