第12話 相撲令嬢は稽古場をコールし朝稽古を始める
「稽古場召喚」
私が召喚の言葉を唱えると、土俵を備えた稽古場が宿屋の裏庭に出てきた。
あら、ちゃんとした荒木田土が敷き詰めてあるわ。
高級ね。
ちゃんと鉄砲柱も立っているわ。
「うわ、すごいやっ」
「ほう、これは、踏みごこちの良い土ですな」
「土俵もあるな、さっそく相撲を取ろうぜ」
「待ちなさい、まずは股割りよ」
「股割り? なんだそりゃ」
私は足を開き完全開脚させて地面にぺったりと付けた。
なんだか弟子達が妖怪を見る目で見ているわね。
「最初から、こんなには開かないけど、だんだんと開けるようするのよ」
私は股割りをしたまま、上体を倒し、背骨をストレッチした。
「股関節が柔らかくなると、地面への踏ん張りが利くようになるわ、さ、やってみて」
弟子達が、おそるおそる足を開いていく。
「いたっ、いたたたっ、股が痛てえよ、親方っ」
「あんまり無理をすると靱帯が切れるから、ほどほどにね」
クリフトン卿はあまり体が柔らかくないようだ。
それでも、かなり開いている。
「ふむ、ぬぬぬっ」
それよりも体が出来ているユスチン氏は良い感じに開いたが、最後の所で開ききれないようだ。
「毎朝開く訓練をして、中には数年かかる人もいるわ。でも、これをやることで相撲の動きが格段に良くなるのよ」
「なるほど、足と腰の連動がキモなのですな。うむむっ」
「フローチェ、見てみて、出来たよ」
おお、わが愛するリジー王子は足が180度開き、ぺったりとお尻を地面につけておられる。
子供だから体が柔らかいのか、獣人の血のもたらす柔軟さか。
そんな理屈はどうでも良く、嬉しそうに笑うリジー王子がとても尊い。
はぁどすこいどすこい。
「すばらしいですわ、リジー王子、お相撲の才能がありますわっ」
「そうかな、えへへへっ」
「体がやっこいんだなあ、リジー王子、凄いぜ」
「すばらしいですなあ、王子」
稽古場の隅でアデラが足をひらいているが、呼び出し係はやらんでも良い。
「いた、いたたたっ」
「意外と開くのね、アデラ」
「それはもう、メイドの仕事はしゃがむ事も多いですから、任せてくださいっ」
「でも、呼び出しはやらなくて良いわよ、土が乱れたら箒でならしなさい」
「えええっ!! 足を開き損!!」
皆に股割りを毎朝やるように指示した後に、鉄砲柱に行って、てっぽうの説明だ。
てっぽうとは相撲の基本的な稽古の一つで、鉄砲柱といわれる木製の円柱に向けて左右の平手で突く、突っ張りを繰り返すものだ。
とりあえず、手本を見せるが、相撲魂の回転数が上がると柱を砕きかねないので、少々落としぎみにして、突っ張る、突っ張る、突っ張る。
右の突っ張りの時は右腰を入れ、左の突っ張りの時は左腰を入れる。
「すげえ、あの太い柱が揺れてるぜ」
「フローチェは地下牢の石の柱をあれで壊して、僕を救ってくれたんだよ」
「マジか……、てっぽうすげえな」
クリフトン卿が感心した声を出した。
「さあ、やってみて」
「親方、これは張り手とは違うんですな」
「そうよ、突っ張りは前後運動、張り手はすこし弧を描くわね」
同じ突き技でも少し軌道が違うのだ。
いわば、パンチのストレートとジャブのようなものね。
ユスチン氏がてっぽうを始めた。
さすがアリアカ番付で小結なだけはある。
いい勢いでてっぽうを打っているな。
「これはなかなか良いですな。腰を落としたショートパンチのような感じですね」
「この技の使い手は、一突き半で相手を土俵から追い出したそうよ」
「それは凄い突進力ですな」
クリフトン卿がてっぽうを始めた。
なかなか筋がいい。
「もう少し重心を落として、これは突き押しの練習でもあるのよ」
「わかった、なかなか難しいな。腰がいてえ」
この世界の人間はあまり中腰では動かないものね。
無理もないわ。
リジー王子がてっぽうをはじめた。
うん、うん。
ぺちぺちしているけど、尊いから良い。
はぁどすこいどすこい。
「手の出し方は、胸の所からまっすぐ前へです」
「わかった、こうだねっ」
「お上手です、リジー王子」
ペチペチ叩いていたのが、トストスという感じになった。
覚えが早いですわ。
一所懸命てっぽうを打つ姿の尊いこと。
はぁどすこいどすこい。
粗忽メイドはおとなしく、稽古場の踏み荒らした土の所に箒をかけてならしていた。
よしよし、それで良いのよ。
そして、四股の踏み方を教える。
足を広げ、片足を高々と上げ、膝に手を添えて地面を踏みつける。
それだけの動きなのだが、なかなかキツい動きだ。
右足を高々と上げて、下ろす。
ドーン。
左足を高々と上げて、下ろす。
ドーン。
ああ、四股を踏むたびに空気が清浄になっていくようだわ。
新弟子のみんなは、まだ股割りで股関節が柔らかくなっていないので、動きがぎこちない。
とくにクリフトン卿は足が長いのも相まって非常にみっともない四股だ。
「ああっ、これ難しいなっ」
「そうだな、だが、なんだか心の中が爽やかになっていく気がする」
「神聖なバフが掛かるみたいだな。覚えない手はないぜ」
そんな中、リジー王子は良い感じに四股が踏めていた。
よいしょう、よいしょうと言う感じに彼が踏む四股は躍動的でとても尊い。
はぁどすこいどすこい。
やはり股関節が柔らかいからだろうか。
体重移動がとても上手い。
素晴らしい。
ブラボー。
尊い。
はぁどすこいどすこい。
「お上手ですね、リジー王子」
「フローチェの格好いい四股を見ていたから、僕もやりたいって思っていたんだ」
「ありがとうございます」
まあ、リジー王子ったら。
頬が熱くなってしまうわ。
はぁどすこいどすこい。
あ、なとりの法被を着た呼び出しの君はやらなくて良いから。
メイド服でやると相当はしたない感じよ。
ドレスでも同じなんだけど、ほら、私は一陣の相撲取りだから。
四股が終わったら、土俵をすり足で歩く練習を教える。
腰を落とし、すり足でリズミカルに両手を出しながら歩くだけなのだが、中腰なので慣れるまでキツい練習だ。
みんなでひよこのようによちよちとすり足で歩くのは楽しくも愉快だ。
みな、笑顔でよちよちすり足で土俵の上を歩く。
みな、体も温まったので申し合いを始める。
これは、土俵の上で勝ち抜き戦を行う。
ユスチン氏の覚えが早く、なかなか手強いが、掛け技やすかし技で倒す。
クリフトン卿も力が強いが、まだまだ重心が高い。
腰に乗せて転がす。
リジー王子は可愛い。
体温が高い。
一所懸命私のマワシを掴み押してくる。
一生懸命な顔がとても尊い。
はぁどすこいどすこい。
でも、転がす。
リジー王子は猫のようにころころ転がって土俵を割った。
「さあ、次はぶつかり稽古よ」
「「「はいっ」」」
ぶつかり稽古は攻め手と受け手に分かれて、土俵際の駆け引きを学ぶ練習だ。
ああ、なんだか久しぶりにいい汗をかいたわ。