第10話 夜半に相撲令嬢の部屋に猫耳王子が訪れる
部屋のシャワーを浴びたあと、私はベッドに身を横たえた。
怒濤の一日だった。
まさか私がヤロミーラの平手をあびて前世の記憶を蘇らすとは思ってもみなかった。
そして相撲があんなに強いとは。
前世の相撲よりもマジカルな分、ずっと強い。
もともと「光と闇の輪舞曲」にはRPGパートが無いのである。
そこに相撲システムをぶち込んでいるので、いろいろと不具合が出ている感じがする。
世界が崩壊しなければ良いのだが……。
ドアがこんこんと鳴ったので立ち上がった。
「はい?」
「フローチェ、起きてる?」
リジー王子の声がした。
なんだろう、こんな夜中に。
ドアを開けると半泣きのリジー王子がいた。
私はしゃがんで目線を合わせた。
「どうしたんですの?」
「よかったー、よかったー、本当にフローチェはいたんだ」
「いますよ」
「うん、よかった、僕が牢屋で見ていた夢じゃないんだ」
私は微笑んで、リジー王子の頭を撫でた。
怖い思いをしてらっしゃったのね。
そうよね、実のお兄さんと鬼婆のヤロミーラに監禁されてたんだから。
「私と、いっしょに寝ましょうか、リジー王子」
「え、でも、僕は男子だから、女の人と寝るのはその、ちょっと……」
私はやさしくリジー王子を抱きしめた。
猫耳から太陽の匂いがする。
「富士のや白雪~♪ 朝日でとける~、娘や島田は~♪ 情けでとける~」
あら、私ったら、うっかりちょっと色っぽい甚句を詠ってしまったわ。
はぁどすこいどすこい。
「綺麗な歌だね。……明日の朝、誰かに笑われないかな?」
「王子を笑うような粗忽メイドは、浴びせ倒しでつぶしてやりますわよ」
「あはは、アデラをあんまり虐めないであげてね」
「かわいがりをしているだけですわ」
リジー王子をお姫様抱っこで抱え上げ、ベッドへと運んだ。
はぁどすこいどすこい。
さあ、今宵は夜の大一番ね。
ベッドの上での横綱決定戦が始まるわ。
さながら私は魔性の女。
はぁどすこいどすこい。
と、思ったのだけど、ベッドの上に運んだリジー王子はすやすやと寝ていた。
疲れてらっしゃるのね。
私はリジーくんの髪を直して、彼の隣に潜り込んだ。
ああ、リジーくんは子供だから体温が高くて暖かいわ。
私はリジーくんを抱きしめて寝た。
夜の大相撲も、魔性の女も、また今度で良いわ。
いまは、ただ、眠って体力の回復に努めましょう。
リジー王子は暖かい。
「あひぃ……」
アデラの小さい悲鳴で目が覚めた。
瞬時にベッドから降りて立ち上がる。
アデラはこちらを見ずに、部屋の外に逃げ出した。
当然追う。
奴はどこまでも逃げる。
階段を降り、食堂を抜け、井戸の近くまできた。
そこで、奴は振り返る。
「きゃーっ!! お嬢様っ!! 玉の輿おめでとうございますっ、一発お子さんが出来たら国母ですよ、国母、跡継ぎ誕生で、侯爵様も外戚になれてバンバンザイですね、バンザーイバンザーイ」
とりあえず、奴の目の上にアイアンクローをかます。
「添い寝だけですわっ」
「そりゃざんねん……、いたいいたい、イタタタタッ!! その技、地味に痛いですっ!!」
騒がしいので粗忽メイドをアイアンクローから解放してあげた。
なんだか奴は超涙目になっていた。
「まだ十二才ですものねえ、でも、これから大きくなったらワンチャンありますよ、ワンチャン。お嬢様も十八才ですし、若い二人が新しい命を授かり、新しい王国を築いて栄光の未来を築くのですっ」
「まだ、出会ったばかりよ、先はわからないわ」
「またまた~~。もうもう、リジー王子はすっかりお嬢様になついていられますよっ、やりましたね、これで侯爵家も安泰ですよ」
うるさいわねっ、なとりの法被を着ている粗忽メイドのくせにっ。
何が楽しいのか、ウキウキと踊るアデラを放置して私は考え込む。
空を見上げる。
良く晴れてるわね。
今日は一万の軍勢と戦わないといけないわ。
あとで、ユスチン氏と、クリフトン卿に軍略を相談しなければ。
その前にフローチェ部屋として、朝稽古をしてから、ちゃんこね。
本式の力士は、昼前と夜の二食なんだけど、ここは異世界だからしかたがないわ。
「おう、おはよー、フローチェ親方、へへ、今日はまた色っぽい格好だな」
「馬鹿弟子、お前、デリカシーというものがないぞっ」
あ、いっけなーい、寝間着のままだったわ。
私ったら、急いで着換えないと。
寝間着なんか家族以外に見せるものでは無いわ。
はずかしいっ。
慌てて宿の自分の部屋に戻ると、リジー王子はもう居なかった、自分の部屋にお戻りになられたのかな。
アデラが着替えの入ったトランクを持って入ってきた。
これらは我が家の馬車に積まれていたものだ。
寝間着もここから出してきた。
リジー王子に似合う服がこの村においてあるとは思えないが、店が開いたら探してみよう。
三日間牢の中で着替えもできなかったので、王子のお召し物は少々すすけている感じだし。
でも、まずは、着替えて、朝稽古だわっ。