第9話 新弟子が入りフローチェ部屋は村の宿屋で爆誕する
バンと宿屋のドアを開いて入ってきたのは、汗がびっしょりのユスチン氏とクリフトン卿であった。
「あら、どうしましたの?」
「フローチェを追ってきた、走ってきたので腹が減った、食べてもいいか?」
ユスチン氏は重々しく食事をねだった。
「どうぞ、余り物ですけれど、食べていただいたら嬉しいわ」
「助かるぜっ、うわあ、良い匂いだなっ、空きっ腹にこたえるぜっ」
さっそくクリフトン卿は席に着き、アデラの渡した椀の中身をかきこんだ。
「うめっ、うめっ、なんだこれ、初めて食べるが、すげえうめえぞっ、師匠」
「ぬうっ、なんという美味、タマネギの甘さとにんじんの甘さが絡み合い、鶏の出汁、キノコの出汁が調和して天上の逸品のごときだ」
ユスチン氏は食通のようだ。
「ちゃんこって言うらしいですよ、お嬢様の手作りですよ、そんなの滅多に食べられませんよ、さあ、おかわりしましょうねー」
二人とも健啖家のようで食べる食べる。
我々の食べ残しをぺろりと平らげて、パンをガジガジと囓っている。
「それで、なんで私たちを追ってきたのですか?」
ユスチン氏が椅子の上で姿勢を正し、私に向かって頭を下げた。
「俺と、この馬鹿弟子を、あんたの弟子にしてくれ」
「たのむよ、フローチェ、俺たちはスモウにメロメロなんだ、覚えたい」
「スモウはアリアカ式レスリングよりも幻想的で強い。是非覚えたいんだ」
なんと、弟子の希望者でしたか。
どうしようか。
「お嬢様は格闘技なんかやってませんよ、失礼なっ、なんですかそのスモウとか言う変な格闘技は、きっと殿方が半裸でくんづほぐれつする卑猥なプレイなんですよっ」
「だいたいあっているわ、アデラ」
「へっ?」
私は立ち上がった。
「わかったわ、入門を認めます、これから私の事はフローチェ親方と呼ぶようにお願いしますわ」
「親方か、生産ギルドの長みたいだな、フローチェ親方」
「ありがとうございます、フローチェ親方、誠心誠意スモウの修行をしたいと思います」
やっぱりこういう対応の違いが小結と小僧の違いなのかしらね。
「フローチェ親方、僕も僕もっ」
「リジー王子もですか? 修行はつろうございますわよ」
「大丈夫、僕も修行して、フローチェ親方みたいに悪い奴を倒すんだ」
私は思わず微笑んで、リジーくんの頭をかいぐりかいぐりと撫でてしまった。
「解りました、王子の入門も認めますわ。でも、親方よりも王子の方が偉いので、いままでどおりフローチェでいいですわよ」
「わかった、フローチェ、わあいわあいっ」
リジー王子が躍り上がって喜んだ。
「俺も偉いからフローチェで良いかな」
「お前は駄目だ、馬鹿弟子」
「ええーーー」
アデラが眉間に深いしわを浮かべて私を見ていた。
「お嬢様、いったい何を始めたんですか? なにかの宗教とかですか、だったら駄目ですよ。アリアカ国では結社の自由がありませんから、衛兵が飛んできますよ」
「結社じゃ無いから大丈夫よアデラ。相撲部屋はスポーツの団体だから」
「スモウベヤってなんなんですか? いったい?」
「そうね、言ってみれば、クランみたいなものね」
クランというのは冒険者の団体で、パーティの上になる。
クラン本部を作って、参加しているパーティに便宜を図る団体だ。
「フローチェ部屋ですか、そうですか、あの、それって私も参加させられるのでしょうか?」
「何を言ってるのアデラ、あなたは私のメイドでしょう、参加は当然よ」
「ええええっ!! 嫌ですっ、半裸で男性とくんぐほぐれつしたくありません~~! お嫁入り前なんですよ私はっ!!」
「別にスモウを覚えなさいと言ってはいないわ。フローチェ部屋の雑用などをしてちょうだい」
まったく何を言ってるのか、この粗忽メイドは、二丁投げで転がすぞ。
「あ、そうでしたか、それならば問題はありません」
「それでは、明日、木綿で長さ六メートル、幅四十五センチの布を四つ折りにしたものを四つ調達してきてちょうだい?」
「は、はあ? 何するんですか、その長い布で?」
「みんなの廻しを作るのよ」
「マワシ?」
明日になれば解るわよ。
ちゃんと堅い木綿はあるかしら。
「あ、それから、ジョナス王子が国軍を編成して、親方をおっかけてくるらしいぜ」
「ああ、聞いた聞いた、一万人編成するってよ、どうする? フローチェ……親方」
「一万人の軍隊……」
「ど、どうしよう、フローチェ」
リジー君がぷるぷる震えている。
猫耳も震えている。
尊い。
はぁどすこいどすこい。
「相手にとって不足はないわ、一対多の相撲の奥義を見せてやるわ」
「へへっ、それでこそ、フローチェ……親方だぜっ」
「しかし、スモウは基本的に近接格闘技ではありませんか、どういたしますのか」
「逃げましょう、逃げましょうよ、お嬢様、一万人の軍隊だなんてっ、かないっこないですわよっ!! ハリアーップ!!」
うるさい黙れ、この粗忽メイドめ、川津掛けで転がすぞ!
「大丈夫、私に秘策があるわ、親方におまかせよっ」
「ふむ、心強いな」
「やっぱり、おもしれえ女だ、親方は」
「大丈夫なんだね、信じてるよ、フローチェ」
「逃げましょうよう」
うるさいわね、アデラは。
「では、ここに、フローチェ部屋の設立を宣言します」
私が立ち上がり宣言すると、空中から、五つの物体が落ちてきた。
「なんだ? これは」
「怪しい物が、親方さがりなされっ」
「なに? なに?」
私はテーブルの上に降りてきた物体を確認した。
いろいろな色の廻しであった。
クラン設立の特典かな?
ふむ、五人分。
赤いのをユスチン氏に渡した。
青いのはクリフトン卿だ。
黄色いのは短い、リジー君だね。
紫色のをアデラに渡した。
そして、黒いのは私ね。
「相撲はこれだけを付けて戦うのよ」
「これがマワシ……」
「い、いや、ちょっとまて、裸にこれだけか?」
「文句を言うな馬鹿弟子、本場のレスリングはフルチンだぞ」
「だ、だけどようっ」
「わあ、これでみんな仲間なんだね、うれしいっ!」
「ようございましたな、リジー王子」
「うん、ユスチンさんっ」
アデラが目を半眼にして私を見ていた。
「わーたーしーはーいーやーでーすー」
「雑用係は別にいいわ」
アデラがほっとすると紫色の廻しが消えた。
「あ、私のがっ」
かわりに空中から法被が降りてきて、アデラの肩にかかった。
「わ、上着、綺麗な布、これは素敵ですね」
クリーム色の法被を着たアデラの背中に大きく「なとり」と書いてあって、私は吹き出すのを必死に止めた。
アデラは呼び出し扱いになったみたいね。