第8話 相撲令嬢は宿のキッチンを借り猫耳王子にちゃんこをふるまう
馬車を四時間走らせた所にある村で宿を取る。
もう台所は閉めてしまったそうだが、食材はなんでも使って良いそうだ。
にんじん、じゃがいも、タマネギ、山鳥の肉、キャベツ、キノコ、ふむ。
ここは乙女ゲームの世界だから、前世の野菜と同じ物が多い。
調味料は、砂糖とごまか、王都だったら味噌や醤油も調達できるのだが、田舎の村ではしかたがあるまい。
「お嬢様、お嬢様は料理なんかしたことが無いでしょうに、なんで食材を睨んでるんですか、万事、アデラにお任せですよっ」
「いえ、今日は私が作るわ」
「作るって、野菜の皮一つ剥いたことが……、って、剥いてる~、しかも手際いい~」
うるさいぞ、粗忽メイドめ、また割りさせるぞ。
「いつお料理なんて習ったんですか、ずるいですよ、アデラの存在意義が減ってしまいます、で、何を作るんですか、当然これならシチューですよね」
「ちゃんこを作るわ」
「ちゃんこってなんですか? おいしいんですか? どこの料理ですか? どうやって作るんですか?」
「アデラはじゃがいもを剥いてね」
「わかりました~」
ちゃんこというのは、一種類の料理の名前では無い。
相撲部屋で作って力士が食べる料理の総称だ。
だから、カレーを作ったら、カレーもちゃんこなのだ。
だが、基本的には寄せ鍋がちゃんこと呼ばれている事が多い。
わが愛するリジー王子に、是非とも私のちゃんこを振る舞いたいのだ。
地下牢で三日も過ごしていたのだ、お腹も空いているだろう。
「ちょ、ちょっと、お嬢様、たしかに食材はいくらでも使って良いと宿屋のご主人は言ってましたが、あんまりにも作りすぎじゃないですか、やだなあ、料理の分量を間違えるなんて、初心者には多いですよね。じゃあ、剥いてしまったジャガイモはふかして保存食としてもっていきましょうね、そうしましょうね」
「何を言ってるの? アデラ、これくらいは食べるわよ」
「え?」
「リジー王子にも沢山食べて貰いたいのだけれど、私も沢山食べて体重を上げて、筋肉をつけないと」
アデラが涙目で私の肩にすがりついた。
どうした?
「お、お嬢様~~、恐ろしい事を言わないでください~、太って、筋肉を付けて醜くなられたお嬢様なんか見てられません~、お嬢様は今の体型で、今の体重が一番よろしいのです~、何時までも美しいお嬢様でいて下さい~」
「だめよ、戦う為には、重く、強くならなくてはいけないの。体重を上げて筋トレをするわ」
「うわあああん、いやだあ、いやだああ、今のままの美しいお嬢様じゃなければいやだああっ!」
うるさい粗忽メイドめ、撞木反りで投げ捨てるぞ。
「どうしたの? なんでアデラは泣いているの?」
「わあああっ、リジー王子っ! お嬢様が太りまくって筋肉をつけるって言うんです~~」
「そ、それは、その」
リジー王子が上目使いでこちらをチラチラ見てくるぞ。
尊い。
はぁどすこいどすこい。
「本当なの、フローチェ? 太ってしまうの?」
「相撲取りは体重があると有利ですから」
「だ、駄目だよ、フローチェ、太っては駄目~」
リジー王子が泣きそうな顔で私の袖を掴んで振ってくる。
はああああっ、尊い。
猫耳も悲しそうにピクピク動く。
はぁどすこいどすこい。
「い、いくらリジー王子のお願いでも駄目です。私は体重を上げて、筋肉を付けて、誰と戦っても負けないようにならないといけませんのよ」
「駄目なの~、フローチェ。僕は今のままの綺麗なフローチェが好きなんだけどなあ」
ぐら。
ぐらぐらぐら。
心揺れまくり。
いけない、猫耳王子のお願いの破壊力がパない。
すっごいキラキラしておる。
鼻血がでそう。
はぁどすこいどすこい。
「と、とにかく、ちゃんこが出来たので食べましょう。リジー王子もお腹が空いたでしょう?」
「うん、牢では水と乾パンしか出なかったから、お腹がぺこぺこだよ」
うん、ジョナス王子とヤロミーラは今度会ったらたたき殺そう。
今決めた。
やつらめ、私の可愛いリジー君になんて事を。
沢山食べて大きくなってくださいね。
でもほどほどに大きくなってくださいね、ユスチン氏みたいにゴリマッチョになったら泣きます。
ちゃんこが煮えたので、テーブルの上に鍋敷きをひいて置く。
うん、良い匂い。
塩ちゃんこだけど、鶏ガラで出汁をとったし、野菜も新鮮だから美味しそうね。
「わあ、凄い、シチュー?」
「ちゃんこですよ」
「お嬢様、椀によそいましょうか。はあ、なんて沢山なのかしら」
「おねがいね、アデラ」
本当はお箸で鍋から直接とりたいのだけど、お箸も無いしね。
シチューみたいにして食べるのもしかたがないわ。
「おいしいっ、おいしいよ、フローチェ! わあ、こんなの初めて食べたよ」
「あら、おいしいっ、お嬢様ったらいつの間にこんなにお料理の腕を上げたのですかー。タウンハウスの調理室に入った事を見たことがないんですけどっ」
ほくほく。
あら、お芋が美味しいわ。
鶏の出汁も良く出ていて、お野菜となじんでる。
この世界の素材は美味しいのね。
リジーくんは何度もおかわりをした。
アデラも沢山食べた。
私も頑張ったのだが……。
ちゃんこが余った。
前世ではこれくらいの量、一人で食べたものだったのに。
この体、ご飯があまり入らないわ。
そういえば、相撲に目覚める前のフローチェの食事シーンを思い出してみれば、小鳥の餌ぐらいしか食べてなかったわ。
「お嬢様、良くお食べになりましたね。アデラはビックリでございます」
「残っちゃったねえ、明日の朝にたべようか」
温め直したちゃんこはそんなに美味しくないのよね。
どうしようか。
「「その料理、俺たちに食わせてくれ」」
あら。
あなたたちは……。