第1話 偽りの聖女に平手打ちをされたときフローチェの心に相撲魂が目覚める
「この僕、アリアカ王国第一王子ジョナスとフローチェ・ホッベマー侯爵令嬢との婚約は、現時点をもって破棄させていだたく!」
ジョナスの声がパーティホールに高々と響いた。
私は足から力がぬけへなへなとひざまずいた。
誉れある魔法学園の卒業パーティで、皆の前で婚約者に糾弾されるだなんて……。
光の聖女ヤロミーラ・シュチャストナーがにやにや笑いながら近づいてくる。
「おほほ、いい気味ね、悪役令嬢フローチェさま」
「わ、私は糾弾されたような事は何もやっていません……」
「証言者はいるわ、あなたはジョナスに近づく私が憎くて暗殺者を差し向けたのよ」
「や、やってませんっ!」
「この後におよんで白を切るなんてっ!! 恥を知りなさいっ!!」
パアン!
私の頬が鳴り、痛みが片頬を焼いた。
その瞬間であった。
私の心の中に、
【相撲】
という言葉が輝き立ち上がった!
覚えてる、この頬の痛み。
これは、対戦相手の張り手の痛みと同じ。
瞬間、私の脳裏に見たことも無いぐらいに太った女性達が”マワシ”と呼ばれる帯を着け、丸太に向けて張り手を打っている映像が浮かぶ。
そうか、私は……。
前世の日本の大学で女子相撲部だったのだ。
思い、出した!!!
「ざまあ」
他人に聞かれないように、ヤロミーラの口が小さく動いた。
轟と、私の心の中に怒りが立ち上がる。
この女は冤罪で私をはめて、処刑しようとしている。
それは、全くの間違いで、不正で、理不尽だ。
そんな事はさせないっ、私の愛する心の中の相撲道に誓って。
私は腰を落とし、足を開いた。
ドレスでするような格好ではないが、かまうものかっ。
私は、一匹の相撲取りなのだからっ!!
「あなたに本当の張り手を見せてやるわっ!!」
ぱあんっ!
驚愕の表情を浮かべながらヤロミーラの体は、私の張り手を受けて後ろに吹っ飛んでいった。
「きゃあああっ!!」
「ヤロミーラッ!! フローチェッ貴様あっ!!!」
ジョナス王子が拳を振り上げ、こちらへ殴りかかってくる。
重心が高いっ!!
そんな事で私を寄り切れると思うなよっ!!
私はジョナス王子のベルトを両差し(もろざし)につかんで、そのまま電車道のように押していく。
「ば、馬鹿なっ!! じょ、女性の力か、これはっ!!」
今の私には相撲に必要な体重はない、筋力も無い。
だが、相撲はそんな物でするものではないっ。
相撲は魂でやる物だっ!!
「う、うわああっ!!」
ジョナス第一王子はテラスの柵を突き抜け、下のダンスホールへと押し出された。
婚約者だった男は悲鳴を上げて落下していく。
私の勝ちだ!!
赤い礼服を着込んだ、大柄な男性がゆっくりと大階段を上ってきた。
「くくく、面白え女だっ、フローチェ嬢、あんたが格闘技を習っていたとは知らなかったぜ」
「ただの格闘技では無いわよ、クリフトン卿、これは神事! 相撲ですっ!!」
「神聖術式系の格闘技か、相手にとって不足はねえっ、俺のアリアカ式レスリングで勝負だっ!!」
「その意気やよしっ!! いざ尋常に掛かってきなさいっ!!」
クリフトン伯爵令息は武勇自慢の伊達男だ。
前世で私が激しい相撲の練習の後に楽しみでやっていた、「光と闇の輪舞曲」という乙女ゲームに出てくる攻略対象である。
ヤロミーラというのは、そのゲームの主人公のディフォルト名。
ジョナス王子は、メインの攻略対象だ。
どうやら、私は前世で死に、乙女ゲームの世界に転生してしまったようだ。
だが、かまわない。
ここでも私のすることは一つ。
相撲道に邁進し、不正を正し、悪を討つ事だ。
そう叫ぶのだ、私の中の相撲魂が!
ガチーン!
と音がでるほどの激突が、私とクリフトン氏の間に起こった。
なるほど武勇自慢は伊達では無い、凄い力だ。
「くそ、なんだ、この鉄みたいな感触は、令嬢が出して良い感触じゃあねえっ」
「褒め言葉と受け取っておくわっ、クリフトン卿!!」
転生したこの体は体重が無い、鍛えてもいない、だが、何かの補正が掛かっているようだ。
力は、強い。
ドレスにはつかむ所が少ない。
上から肩を握ろうというクリフトン氏の腕をかんぬきに掛けて、体を崩す。
「ぐわあっ!!」
綺麗に上手出し投げが決まり、彼は階段を転げ落ちていった。
ふん、他愛も無い。
「魔法、魔法でやっつけてっ、ダグラス!!」
「ふふ、わかってるさ、子猫ちゃん、そのかわり卒業パーティが終わったら、ねっ」
「な、なんでも良いから、その化け物を倒してっ!!」
ヤロミーラが悲鳴を上げるようにダグラス氏に指示をした。
彼もヒカヤミ(省略形)の攻略対象、大魔道士のダグラス伯爵令息である。
詠唱と共に、彼の回りに魔力の渦ができあがる。
これは高度で高威力の魔術を撃とうとしているな。
私の中の相撲魂がうごめいた。
む、四股を踏めというのか。
たしかに、四股は足で地面を踏むことで、邪気を祓い、土俵を清める神事の一つだ。
やってみるか。
私は高々と足を上げた。
ドレスでやる格好ではないが、かまうものか。
今の私はただ一匹の力士なのだ。
ドーン!
私の四股がテラスの床を鳴らすと、ダグラスの魔法が霧散した。
「な、なんだと、なんだ、その一連のアクションはっ!!」
「四股だわ」
よし、四股にはアンチマジックの効果があるようだ。
魔法が溢れるこの世界では頼もしい味方になってくれそうだな。
ダグラスにがぶり寄り、腰のベルトの前三つを取り、内ももを下から払い、内無双で転がした。
彼も、クリフトンの後を追い、悲鳴を上げて階段を転げ落ちていった。
「そこまで、そこまでだーっ!! フローチェ!! 第一王子の名にかけて、抵抗はゆるさないっ!!」
あちこちアザを作った哀れな姿のジョナス王子が、沢山の武装した兵隊と共に階段を上がってきた。
「ふふ、そんなに、私の相撲が見たいのですか? ジョナス王子」
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