第20話 美味しいお肉のために
壁に張り付いた獲物に刺さった矢を引っこ抜き、ホーンドウルフの解体をミィスが行う。
虹色の角を根元から抉り出し、毛皮を剥いでいく。
残念ながら肉は食用には向いていないということなので、廃棄だ。
「食べられないんだ?」
「食べられないことはないけど、臭みが強くておいしくないんだ。よっぽどじゃないと口にしたくないよ」
「へー、でも臭みさえ何とかすれば食べれるんだ」
「そんな方法あるの?」
「うーん」
臭みのある肉の処理法と言えば、やはり匂いの強い食材なんかで煮込むホルモン料理を思い出す。
他にも牛乳やヨーグルト、重曹なんかに漬け込んでおくと、消臭効果があると聞いた。
「牛乳で煮込むとか……クリームシチューとかグラタンなんかが向いてるのかな?」
「へー。今度試してみようかな」
「クリームや牛乳を用意する方が高くつかない?」
開拓村では家畜は貴重品だ。
村人すべてを賄えるほどの牛乳は期待できない。
その分値段はお高めになっており、これをメインに組み込むくらいなら、普通に食べれる肉を買った方が安上がりというありさまである。
「でも、そうなると、いいお肉を食べたくなるよねぇ」
ミィスは小さな獲物しか狩れない。それはギルドの食堂で食べる以外では、鳥や兎の肉くらいしか口にできないという意味になる。
そもそもパンと芋だけという日も少なくなかったらしい。
僕と暮らすようになってからは改善されているが、それでも鳥以外の肉という欲求に負けてしまいそうになる。
「ねぇ、ミィス。この階層にラッシュボアがいるって言ってたよね?」
「うん、いるね。イノシシのお肉かぁ」
僕の言いたいことが伝わったのか、ミィスも少し宙を眺めて何かを妄想している。
「ねぇ、ミィス。狙っちゃおっか?」
「この弓なら、普通に狩れるかも」
「そうと決まれば……」
「お肉のために頑張ろう!」
僕たちの想いは重なり、ハイタッチをして、歩き出す。僕の方が背が高いため、ミィスはピョンと飛び上がって手を合わせた。
こうして、その後の方針が決まった。食欲のために標的になったラッシュボアには非常に申し訳なく思う。なむなむ……じゅるり。
いくつかの角を曲がり、十数分探し回ったところでようやくラッシュボアを見付けた。
ラッシュボアは普通のイノシシよりも一回り大きな体躯を持っており、例によって虹色の角が額に一本生えている。
これを使って突撃をしてくる、殺傷力の高い魔獣だ。
気を抜くと命を落とすレベルの敵なので、油断はできない。
「いた」
「うん。一匹だけだね」
迷宮の通路の端に生えた草を暢気に食んでいるラッシュボアを見付け、僕たちの目は輝いた。
これほど狩ってくれと言っている獲物は、そうはいない。
「よし、じゃあいくよ」
「うん、イッて」
「なんか発音……」
「いいからいいから」
どこか納得してない顔で、ミィスは弓を構えた。
通路の影に半身を隠し、突撃攻撃を避けやすいようにしている。
鉄の矢を番えて、キリキリと弦を引き絞った。
その音がラッシュボアにまで伝わったのか、不意に頭を上げてこちらに視線を向けてきた。
それと同時に、ミィスは矢を放った。
「ブキィ!」
威嚇の声を一つ漏らし、突撃のために頭を下げる。
まるでその挙動まで想定していたかの如く、下げた頭の眼球を鉄の矢が射抜いた。
ドンと、まるで棒で肉を叩いたかのような音が響き、ラッシュボアの身体が数十センチ後ろにずれる。
そしてしばらくふらついた後、耐えきれなくなったかのように膝を折り、その場に崩れ落ちた。
「……やった?」
ただの一矢で仕留めたことが信じられず、ミィスがそう聞いてくる。
僕はそれに即答することなく、しばらくラッシュボアの挙動を見つめていた。
そして全く動かず、完全に息絶えたと判断してから、通路の角から身を乗り出した。
「やったね!」
「やった……ボク、狩れたんだ……」
「ってか、ミィスの腕ならいい弓さえあれば、これくらいできたんだよ?」
「やった……やったぁ!」
珍しくミィスの方から僕に抱き着き、喜びを爆発させる。
僕は彼を受け止め、その場をクルクル回ってその喜びに付き合う。
そうしてしばらく抱き合った後、自分の体勢に気付いたミィスが離れた。
「あ、もう終わり? 残念」
「もう、気付いていたなら注意してほしかったな」
「なんで? ご褒美じゃない」
「シキメさんは、もう少し慎みを持って」
そんなことを言い合いはしたが、ミィスも本気で怒ってはいない。
それより先に、問題となるのはラッシュボアの解体だった。
ミィスも解体用のナイフは持っているが、大きなイノシシを解体するには少々不足だ。
体格も小さい彼が解体するとなると、かなりの時間がかかるだろう。
というわけで、僕がラッシュボアの解体を行うことにする。
解体に使用するのは、忍者刀という種類の武器だ。
これは反りのない小さめの刀のような形状をしており、斬れ味もいい。
本来の目的とは違うが、解体には非常に使いやすい形状をしていた。
皮を裂き、内臓を掻き出して肉を処理していく。
日本ではもちろん解体なんてしたことは無いが、この世界に来た時に得た錬金術系のスキルで解体系の技能も存在したので、苦も無くこなすことができていた。
そのスキルの効果か、内臓などを見ても気分が悪くなることも無い。
肉を処理して僕とミィスの拡張鞄に収納していく。
途中でミィスの鞄がいっぱいになってしまうというトラブルもあったが、売りに出す毛皮や牙、魔晶石以外をインベントリーにしまうことでどうにかなった。
その間も魔獣の襲撃は無く、僕たちは意気揚々と村へと帰還したのだった。
ミィスの小屋に戻ってきた僕たちは、さっそく夕食の準備に取り掛かった。
背骨の部分を砕いて布袋に入れ、鍋の底に敷いて水を入れて煮込む。これで骨髄からいい出汁が出るだろう。
しばらく煮込んでから大豆から作ったペーストを混ぜて味噌みたいな風味を付ける。
このペーストはこの世界のメジャーな調味料で、味噌の代わりに使える味をしていた。他にも醤油っぽい味のバージョンもあるため、僕の舌は苦も無くこの世界の味に馴染んでいた。
そして沸騰する寸前に野菜やキノコを入れて、再び煮込む。
これらは帰ってくる途中に森で仕入れたものだ。
素人がキノコに手を出すと、結構な確率で毒キノコを引き当てるものだが、僕には鑑定の魔法があるので、安全だ。
さらにくつくつと煮込む時間が続く。沸騰すると大豆の風味が飛んでしまうので、ここでの火加減はかなり注意を要する。
野菜に火が通った頃を見計らって、最後にラッシュボアの肉を薄切りにしたモノを投入した。
「ミィス、待て。ステイ!」
「ワン!」
待ちきれず、取り皿片手に匙を持ったミィスが手を伸ばしていたが、心を鬼にしてそれを制止する。
ミィスも僕の冗談交じりの声に乗って、犬の鳴き真似をしてみせた。
その仕草は破壊力が凄まじく、一瞬料理そっちのけで押し倒そうかと考えたくらいだ。
確かインベントリーに犬耳のかぶり物とかあったよな?
とはいえ、やはり寄生虫などの心配もあるので、しっかりと火を通しておかねばならない。
しばらく煮込んでから最後に僕が取り皿にスープを少し掬い、味見をして確認する。
「よし、オッケー」
「いただきまぁす!」
待ちきれないとばかりにミィスが鍋に匙を突っ込み、取り皿に移す。
味は我ながら、合格点を出してもいい出来だった思う。
熟成させなくてもこの味とは、異世界の食材、おそるべしだ。
次の更新は明日の18時を予定しています。
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