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【短編】現代ドラマ短編シリーズ

コンクリートジャングルの中でも

作者: 烏川 ハル

   

 私の実家は、いわゆる都会の真ん中にあった。

 右を見ても左を見ても、無機質で温かみのない、コンクリートの建物ばかり。街路樹を目にすることはあったが、人工的な緑にしか思えなかった。

 いや、私が憧れていたのは、緑そのものというよりも、それを支える土壌だったのかもしれない。

 小さい頃、テレビのドラマやアニメに出てくる民家には土の庭があるのに、自分の家には存在せず、そんな『土の庭』を羨ましく思っていたのだから。


 休みの日に、両親と一緒に少し遠くまで散歩に出かけると、公園があった。憧れの土の地面があった。

 だが日頃、一人で歩き回れる範囲には、そうした公園すら設置されていなかった。

 それでも。

 ある時、ふと気が付いた。

 自分の家の、アスファルトだかコンクリートだかを敷き詰めた、人工の庭。正確には、自家用車を駐めておくための、灰色のスペース。

 その隅っこに、いつのまにか雑草が生えており、黄色い花を咲かせていたのだ。


 私には、それは菊の花に思えた。花を目にする機会は少ない子供だったが、それでも菊は、仏壇に供える切り花や刺身に添える模造品などのおかげで、少しは身近な存在だったのだ。

「おかあさん! 庭に菊が咲いてるよ!」

 喜んで大人に報告に行ったのだが……。

 そこで私は、その花が菊ではなくタンポポであることを、知らされるのだった。


 大人が見せてくれた植物図鑑には、確かに同じ写真が掲載されていた。

 タンポポは生命力が強く、アスファルトの隙間から生えることも多いのだという。

 その下にある土の層に根付くのだ、と考えると、なんだか嬉しくなった。人工的な庭の下にも、憧れの土の世界が広がっているのだ、と思えたからだ。


 やがて。

 花は咲き終わり、タンポポは黄の色を失った。

 代わりに、白くて丸いモコモコになった。まるでファンタジーに出てくる空想上の生き物のような、ふわふわモコモコだ。

 だが動物の体毛とは違って、ふうっと息を吹きかけると、風に乗って飛んでいってしまう。

 小さな小さな綿毛たちを、名残惜しそうに見ていると、

「タンポポは、ああやって種が拡散するのよ。うちのタンポポも、よそのおうちから飛んできたのでしょうね」

 と、大人が教えてくれた。


――――――――――――


 種の拡散。

 小さい頃は、タンポポに限った話かと思ったが……。

 そもそも植物の種は、様々な形で拡散していくのが普通だろう。風に乗って飛ばされたり、植物自身が弾けることで遠くまで飛ばしたり、あるいは、人や動物に付着して運んでもらったり……。

 いや、植物だけではない。私たち人間も同じではないか。

 簡単には帰省できないような遠くで暮らすようになった今、そんなことを考えてしまう。離れた場所で新たに家庭を築くというのは、まさに人間という種の拡散なのだろう、と。


 私の実家は、建て直しを機に、少し郊外へ引っ越してしまった。だから、初めてタンポポを見かけたあの灰色の庭は、もはや存在していない。

 先日、久しぶりに帰省したら、新しい実家には土の庭があった。あらためて、もう都会の真ん中ではないのだ、と実感させられる。

 ガーデニングされて、色とりどりの花が植えられたスペース。その片隅には、懐かしい黄色い花が咲いていた。どこからか飛んできて根付き、またどこかへ飛んでいく、たくましいタンポポだった。




(「コンクリートジャングルの中でも」完)

   

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