序章 名の知らない君へ、少女は一人彷徨う
15歳以上は注意して下さい。
彼は今、元気にしているのだろうか。
ボクはふとしたときにそう考える事がある。
あれは夢だっただろうか、現実だっただろうか。
ボクはいつものように本を開いた。
そこにはファンタジーであったり、恋愛であったり、はたまた戦記ものだったりと幅広いものではあった。
ボクは昔から本を読むのが好きで、小さい頃、それこそあの場所にいた時から読んでいた記憶がある。
「ふむ、これは…」
不思議そうにそれを眺めた。
古い本ではあるが、どこか懐かしい感じを思い起こしてくれる。
ボクはたくさんある本の山からそれを手に持って見る事にした。
その本はボクが手に持つ事で初めて役割を果たすことになる。本は読まれなければただの紙切れになってしまう。
まあ残酷にもそうなってしまう。
だが、本を手に取り、初めてそれはボクへと写し出した。
出会い、別れを繰り返すそんな話が繰り広げられる。
ふとしたときに、本の主人公やもしくはヒロインに感情移入してしまう様な事が起きる。
でも、それはボクにとっての満足を与えてくれる。
この主人公は一体どんな物語を綴るのだろうか。そして主人公は結局、どこへとたどり着いてしまうのだろうか。
読み進めることで、ボクはそれが気になって仕方ないのだ。
読みたいという欲求の元、ボクは早速本を開いた。
不思議な世界の物語がそこにはある……
広い東の平原のすぐ隣の屋敷にポツンとある屋敷。そこはメイラー地区の屋敷である。
さらに西に行けば王国だってある。
東の平原からさらにさらに数えられない位の距離を歩くと世界の端っこ最果ての場所がある。
そこには誰も近づかない。というか近づけない。不思議な世界があるというものである。
それは内側に限った話かもしれない。
この世界にはたくさんの種族が住んでいて、それぞれが国を創った。
大地、海、森、山・・・あるいは天、地
それぞれの国は貿易を行ったりと関係は良好であった。戦争というものもしばし起こったりもした。
それでも終わりさえすればまたいつもの日々が続くのだ。
それは永久に誰にも変えられない事である。
不変であり、永久である。
これはそんな世界を変えた屋敷に住む一人の少女の物語である。
ふむ、これはボクも少しは興味が持てそうかもしれない。
これは心からそう思っていたのかもしれない。
はたまた彼がこれから起こす出来事を待ち望んでいたのかもしれない。
さて、これからボク達の話になる。
ボクから言えることはただ一つある。
ボクが憧れた展開の話をしよう。
ボクは結末がハッピーでもバッドでも嫌いだ。
だからこうすることにした。
始まりと終わりはいつも一緒だという事だ。
不思議な物語だとか、誰かが憧れるような…
ボクはそんな結末が見たい…
だからそれは永遠に始まりが続くようにしたい。
できればそこで終わりたくはないのだから。
長くなる話だがどうか聞いてほしい。
名の知らない君へ…
君なら世界を変えられる。
君自身で変えるんだ。
聞いてほしい…
少女が変えたお話をどうか…
いや、違うな…
この場合はこう言えるだろう。
異世界から現れた少年が少女を、世界を救う、そんなありきたりな物語を…
これは私が小さい頃の話である。
「お母様、お父様、どこにいるの?」
シーンと静まり帰った屋敷の中で少女は一人呟いていた。
閑静のある屋敷で一人彷徨う。
屋敷のどこかにいるはずだと、きっとどこかにいる。
そう信じていた。
少女は一人で屋敷中を探す。
しかし、屋敷には誰一人として気配がしない。
どんなに探しても気配はしない。
いつもならここにいるはずなのに。
本当に誰もいないのだろうか?
しばらく歩いていると、赤い何かの痕跡を見つけた。赤い何かの後はなぜか不思議と生臭さがあった。その赤い何かの痕跡は向こうまで続いている。
まるで、誰かが通った痕跡のように。
「何なのこれ?」
恐る恐る少女は赤い何かの痕跡を辿っていく。
「ここに何かあるの?」
辿り着いた場所は一つの部屋だった。
その赤い何かの痕跡もその部屋へ続いている。
この部屋はもしかして。
少女はこの部屋に見覚えがあった。というのも馴染み深い所である。
そして少女は部屋の扉をゆっくり開く。
「あ…」
そこで少女が目にしたのは二人の死体だった。
少女は言葉を失う。
金髪で美貌を持ち合わせた女。
それから父であろう貧弱そうな男。
お腹の部分に数カ所刺されたであろう跡が残っている。
最も残酷である状況。
真っ赤になっている腹。
周りを見ると、何者かと争ったであろう痕跡が残っていた。
事態は収束していた。
そこで少女は崩れるように座りこんだ。
そして、泣きながら語りかける。
「どうして…返事して」
何度も呼びかけ、身体を揺すっているが動かない。
どんなに返事しても…
ドシーン、ドシーン
誰かがこちらに近づいて来ているのだろうか?
屋敷全体に不穏な音が響き渡る。
それと同時に話し声がする。
「一人いたのにどこ行ったんだ?」
「ああ、気配がしたんだが」
誰かいるの?
もしかして、王国の兵士なの?
もしかしたら、その人達が助けてくれるかも。
少女は少々期待していた。
「ん?何か気配がするな。もしかして、この部屋か?」
この声は一体。
少女の期待はすぐに消えた。
聞き覚えのない声である。
とても恐ろしい程の声であり、その声はさらに少女の恐怖感を煽る。
王国の兵士じゃない?
なぜかよく分からないけど、王国の兵士じゃない気がする。
もしかして、その人達は私を狙っている?
ギィーー
扉の前であの足音は消え、部屋の扉がゆっくり音を立てながら開く。
「あ、あ、」
少女は言葉を失う。
少女の期待は裏切った。
少女はここで化物と遭遇した。
人間じゃない、何かに。
少女はこんな化物は知らなかった。
角が生えている姿。少女よりも何十倍くらいかの体躯。
それは恐ろしい姿。
「みーつけた。こんな所にいたのか」
「早く、殺してー食っちまおうぜ」
何なの一体?
二体の化け物の会話が理解出来なかった。
理解したくもなかった。
この世界にこんな化物がいるなんて。
その大きな二体の化物が今、ここにいた。
二体の化物は棍棒のような武器を携えていて、角が生えている。
ゴツゴツした身体でつばが地面に滴っている。
恐らく少女を食料として見ている。
一匹の獲物として、食料として。
これは人間ではない。
化物はすぐに少女の方を見ていた。
私、もしかして殺されるの?
「い、いやーー!」
恐怖を覚えた少女は思いっきり叫ぶ。
その声は屋敷中に響いた。
しかしこちらに誰も来る気配がしない。
本当に他に誰もいないのだ。
「チッ。うるさいな。今早く殺してやる。おとなしく待ってろ」
先程の大声で苛立ちを覚えた化物は少女に怒りの目をぶつけて来る。
「こ、来ないでー!」
自然と少女は座ったまま後ろに下がる。
無反応に下がれと言っているみたいに。
「ひっ」
少女は後ずさりすると、触ってしまった。
手についた血。
この血は恐らく、両親の血である。
恐怖はさらに蓄積された。
恐怖に満ちたこの場は少女に耐える事ができないだろう。
もうイヤだ。逃げたい。
少女はそう思っていたのだが、化物はどんどん、近づいて来る。
今すぐにでも少女を仕留めようと腕を鳴らし、前へと歩き始める。
「い、いやーー!」
少女は再び叫んだ。
その時、襲いかかる化物に異変が起こる。
それは突如として起こった。
「あ、お、ま、え…」
化け物は苦しそうに言葉を話していた。
黒い霧?
その化物は血を吹き、押しつぶされたような姿になって倒れた。
血しぶきが飛び散る。
少女の顔が青ざめている。
一方、もう一つの化物は驚愕していた。
しかしながらすぐに笑い始めた。
どこか面白いものを見たように高らかに笑う。
「何だ、死んだのか。運が良かったな。今回は見逃してやろう。次はないと思え!」
化物はどこかに行った。
押しつぶされた化物を置いて。
その化物も動かないだろう。
やっと、あの化物はどこかに行った。
でも、お父様とお母様が…
「お願い、一人にしないで」
涙を流しながら言った。
キーン
少女の頭に何か当たった。
電子音?それとも何か?
頭に何かが刺さった?
激痛とともに何に支配される感覚を覚えた。
「あ、あ、何なの…あなたは誰?」
目の前に誰かがいる。
少女にはそれが分かった。
それも二人いることに。
そのうち一人は心配した顔でこちらを見ている。
次第に意識が薄れていき、少女は倒れた。
「これで君との契約は成立だ」
最後に聞こえたのがそれだった。