残酷な世界②
森の更に奥深く、多少迷ってしまい想定していたよりも幾分時間は過ぎてしまったが、なんとか川に辿り着いた。ただあくまで目的の川であるだけで、ルイの記憶通りの景色ではない。上流の方に来てしまったのだろうか。やけに角ばった岩が多い気がする。それに周りの木々も入った頃に比べれば遥かに巨大だった。
理由は分からないが奥に行けば行くほどに大きい木が増え、遠くから見れば巨大な壁のようになっている森だ。そこそこに奥まで来てしまっているのだろう。
それらを示すかのように街で手に入れることが出来る水よりも、ここの水は澄んでいて、過去ここの川で見た水よりも綺麗であった。
ここまで来てしまったのならもう仕方ないだろう。
「ま、せっかくだしな」
綺麗になった両手を重ね、そこに水をため、喉を鳴らして水を飲む。ウィリアムもここまでの行程で喉が渇いたのか、必死になって水を飲んでいる。
「あんまり飲みすぎると腹を下すぞ」
兜を外しながらそう言う。自分も飲みすぎないように注意する。少し冷たかったので腹を痛めないように口に含んでからゆっくり飲んだ。
「分かってるよ、あんちゃん」
ルイの方を向いてそう言うと、再び水を飲み始める。脇には洗ったナイフと魔石が置いてある。帰りに忘れていないか確認する必要があるだろう。待っている爺様のために水を汲んでいくのも悪くないだろう。最近は酒も飲まなくなった。それだけならまだしも、食欲も減退ししてまって少し心配ではある。わざわざ毎回水を買うのも癪に障るから、安全なら道を覚えて、飲み水はここで汲んでいく方が安上がりだ。
流れでしばらく休憩することになり、二人で火を焚いて囲んだ。携帯してきた食料をかじり始め、作っておいたスープを温め始める。
「それにしてもこの鎧、くっさいんだよなあ」
脱いだ兜を軽く叩きながらそう言った。
「そんなに臭いの?」
ウィリアムがそう聞いてきたため、彼の手元に放り投げた。ウィリアムはそれを掴んで匂いを嗅ぐため頭を突っ込んだ。
「うへぇ」
ウィリアムは舌を出し、顔をしかめた。
「だから言っただろ」
笑いながらそう言う。
「あんちゃんはこんなのいっつもつけてるの?」
どこか汚いものを見る目でそう言う。
「そうだよ。匂いよりも見た目よりも性能。何より命が一番大事だ」
ちぐはぐな鎧や小手を着けているのはそのためだ。何処かで拾ったものや、死体からとったものもある。
「えー、僕はかっこいいほうがいいなあ」
そう言って兜を返すとウィリアムは携帯食料をまたかじった。
「いつかウィルも分かる日がくるさ」
暇をつぶすような会話をしながらスープが温まるまで待って、自分とウィリアムに分けた。
「そういえば、あんちゃんはどうして強くなりたいの?」
ふと、思い出したかのようにウィリアムが言う。
「どうした? 何かあったのか?」
彼がそんなことを聞くのは珍しく、ルイも興味を持った。
「僕は、あんちゃんと爺様の三人で暮らしていければいいから、そんなに強くならなくてもいいんじゃないかなあって」
「そうだな。ウィルは、まだ小さいからな」
世の中の広さが分からないのだろう。ルイもそうだった。いや、今もそう広い視野があるわけじゃない。
「もう、小さいってバカにして」
頬を膨らませウィリアムが言う。
「悪い悪い。えっと、どうして強くなりたいか、だったな」
「うん」
確かにルイは彼に言ったことがあった。「誰よりもどんなものよりも強くなりたい」と。とっくに忘れていると思ったが、彼の心には深く疑問という形で残ったらしい。
茶化そうかとも考えたが、ウィリアムの目は真剣そのものだった。だから少し恥ずかしくはあったが、正直に答えることにした。
「俺達はさ、今、貧民街なんて言われているところで生きてるだろ? 王国の民としての権利も無い。しかも今度王国は隣国と戦争だってんだからどうなるか分からない……ま、噂だけどな」
ウィリアムはあまりぴんと来ないようだったが離し続ける。
「それに最近は魔物がどんどん増えてきて、多分国の兵士だけじゃ対応できないような時代が来ると思う。魔物の存在も知らない国が多いらしいけどさ、爺さんが言ってたが、到底人間じゃ敵わないような魔物だっているみたいだしな。東には奴隷にされている人もいるって話だし、人間とは違う種族の人間? もいるみたいだしな」
そこまで言って、あまりにも自分の話がまとまっていなくて笑う。ウィリアムはよく分からない初めて見た表情をしている。
「えーと、まあさっきまでのは、世界はずっと広くて、これから困る人がどんどん増える、って話だ。ここまでは分かるか?」
「うん」
「だからさ、困っている人が貧民街以外にも沢山いると思うんだ。貧民街の人たちは自分で助かろうと思っていない人がほとんどで、俺はどうすればいいか分からない。でも、救われたいと、助けを願っていても、生きられない人もいると思うんだ。だから、そう言う人を少しでも救いたい。だから俺は強くなりたいんだ」
「じゃああんちゃんは英雄? になるの?」
やはりよく分からなかったのかもしれない。
「……そうだな。それで多くの人が救われるのなら、俺の名前を聞いただけで希望が湧くような、英雄になれたらいいな」
恥ずかしいが、それは誇らしくもあった。いつか有名になって、誰しも救うことができたとき、ウィリアムもいてくれるのだろうか。理解してくれるだろうか。
「やっぱりあんちゃんは凄いなあ」
尊敬する眼差しで、ウィリアムは言った。