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生きるものたちの境界線  作者: 睡眠吐息
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はじまり③


「あれが、そうなのか?」


 ルイの目線の先には異形の化け物がいた。多少暗闇に目がなれたものの、完全にその生き物の姿をとらえることは出来ない。丸っぽく黒い、ぶよぶよとした肉の塊。一見すると巨大なスライムのようだ。それに取ってつけたような細い手と足。所かまわず眼球がいくつもついていた。長い牙のある口が少なくとも三つはある。


 それを見てルイが感じ取ったものは、恐怖ではなく嫌悪感だろう。


「見えるのか?」


「いや、暗くてあまり」


「そうか」


 老人はそれだけ言うと、ただその生き物に近づいていく。


 おそらく四足歩行であろうその生き物も、何か警戒する様子もなく、ただ佇んでいた。遂に老人はその生き物に対峙する。杖を軽く投げ捨てた。かなりの重量なのか、軽そうに見えた杖は意外にも鈍い音を立て地面に埋もれた。


 ルイは何も言わず、ただ息を飲んだ。


「お前もまた、死に損ねたのか。可哀想に」


「ギャアアア」


 一つの口から赤子の鳴き声。人間のそれと瓜二つだ。気味が悪い。


「コオオオオオ」


 もう一つからは獣の吐息。だが、そんな音を発する獣はいなかった。


 よたよたと、その何かは暴れるように老人へと近づいていく。それは常に体から液体を拭き出していた。ルイからすれば、生きているのか死んでいるのかすら分からない。ただ、その意味不明で曖昧な動きは、先ほど襲われかけ、誘拐した者達が「あれ」と言っていた物に瓜二つだった。


老人は拳を握り構えた。きっと次の瞬間には重い一撃が繰り出されることだろう。


「眠れ、哀れな生き物よ。いや、死に物といった方が正しいか」


「ルゥアアアァアア」


 その生き物は肉の中から爪を伸ばし、老人へと襲い掛かる、左右非対称で不格好なからだのまま。どんな風に進化してもああはならない。そんな中、老人の動きがやけにゆっくりと感じられる。老人がした動きは、拳を構え、化け物に向かって放った。ただそれだけである。


 それを見たのを最後に、ルイは吹っ飛んだ。正しくは老爺の放った拳から放たれた圧力で吹き飛ばされた、だろうか。幸いにも近場の木にぶつかり勢いは殺された。すぐに魔物らしきものを見る。


 その衝撃で、直線状にある木が遥か彼方まで折れ、飛んでいった。ルイはそれを見てはいないが、予想はできた。鳥や獣や、おそらくルイの知らない魔物ですら逃げて行ったのか、森が騒がしくなった。地面が揺れたと錯覚するほどの衝撃であった。老人から先は、一本の道が出来ていたと錯覚するほど。


 何よりもルイは、それが魔法や強大な力を持つ龍などでは無く。一個人の只の人族の拳から放たれたものだという事が衝撃であった。


 謎の生き物は消し飛んだのか、欠片も残っていなかった。


 呆けていたルイの頭に、老人が手を置いて言う。


「帰るぞ」

「あ、うん」


 いつの間にか杖を持っていた老人が先に歩き出した。あれほどの一撃を放った人物とは思えない。あの杖を軽そうに持ち、片足を支えながら。ルイはまだ呆けていたが、森が静寂を取り戻すと冷静になり、走って老人の後を追った。


「なあ、あの生き物、魔物じゃないならなんなんだ? つうか魔物は本当にいるのか?」


「あれに名前は無い。強いて言うなら、なりそこない、と言ったところかな。この大陸の――」


 続けようとした老爺の言葉の端を折る。好奇心が上回った。


「なりそこない? なら何になり損ねたんだ?」


「さあな」


「なんだ、あんたでも知らないのか。もう一匹位出てこないかなあ」


 その言葉に老人は顔をしかめた。後ろにいるため、ルイには表情は読めない。


「……ルイ、あれとは本来闘うべきじゃあない。近寄らない方がいいし、関わらない方が幸せだ。だから一人で、あれを見つけたのなら逃げるんだ。特にまともに戦う力が無い今ならな。いいな」


 思いのほか口調が強く、ルイは言葉が出なかった。あの生き物への興味がわかないわけでは無かったが、この老人がそう言うのならそうなのだろうと、「分かった」と小さく返事をした。


「分かったらいくぞ」

「うん」


 ルイは最後にもう一度振り返った。その先には暗闇だけが広がっていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なあ、あんた、いや爺様は一体何者なんだ? 只者じゃないってのはさっきので分かった」


 元の焚火をしていた場所に戻り、早々にルイはそう話しかけた。


「ただの年を取った爺で、旅人だよ」


「嘘だよ。そもそも冷静になってみればこんな所に居ること自体がおかしいだろ。頭のよくない俺でも分かる。もとは名の知れた闘士だったのか? いや、それにしてもこんな辺鄙なところにいるのも……」


 ルイの知識は非常に乏しく、体に傷を作って日々戦うような仕事は、自身が賭け事の対象となり様々な生物と戦闘する闘士が初めに思いついたのだ。


 老人は水の入った小袋を取り出し、数口飲んだ。


「俺は闘士じゃあねぇな」


「じゃあどっかの国の兵士の、隊長だったとかだろ」


 無い知識を振り絞って言う。


「それも違うな」


「じゃあ分かんねえや。そもそも俺、説明されても分からないかもな」


「そうか。まあ知識なんてのは後からつく。生きていれば、いや、死ななければか」


 そう言って焚火の火を消し、眠りにつくことになった。


 張ったテントはそこまで大きなものでは無かったが、二人が横になるには十分すぎるほどだった。


 ルイはまだ眠る気分では無かった。先の老爺の拳の一振りが頭から離れない。


 真っ暗な中一人外にでた。先ほどとは変わって雲は無く、月明かりがルイを照らす。


「もう、逃げる弱い俺とはさよならだ。空腹とも……誰かに追われることも、汚い水を飲むことともだ。この爺さんが鬼だろうが悪魔だろうが、利用して、生き延びてやる」


 自分だけ良ければいい。ルイのそういった考えは早々変わるものでは無い。老人を信用すると言った。だが自分自身とこの世界の不安定さを信じることは出来ないままだった。


 きっとこのまま時が経てば夜は明けるのだろう。これまでと何一つ変わることなく。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それからルイと老爺は各地を転々とした。そして剣の握り方を教わった。戦い方を教わった。食べられるものを教わった。この世界の生き方を教わった。文字を教わった。




  数年の歳月が流れた。


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