暗く澱んだ世界の中で
「お前が…お前が悪いんだ」
「はい…」
光の差し込まない家の中男が弾糾する。激しい憎悪の灯る瞳が憎々しげに女を睨みつける。
「何だその反抗的な目つきは!!!!」
「…」
何か不満があったのだろうか。女は先程から何一つ変わっていないのに。あるいはその無反応こそが気に障ったのか。
「妻はお前を庇ったせいで死んだんだぞ!?お前が…お前が…お前さえいなければ…うっ、うっ…」
「はい…すい、ませんでした」
わずかに崩れる女の表情。だがしかし男がそれに気づく事はない。
「謝っても妻は…詩華は帰ってこないんだよ!!!!!消えろ!!今すぐ消えろよ!!死ね!死ね!死ね
!死ね!死ね!死ね!!!!」
「わかりました、どこで死ねば良いでしょうか」
表情一つ変えず女は尋ねる。
「何勝手に楽になろうとしてるんだ…お前はずっーとずーっと生きて苦しんで耐えて痛みつけて永遠に苦しみ続けて死ぬって決まってるんだよ。死んで逃げようとするなんて間違ってるだろ?まだわかってないのか?なぁ?俺は何回お前に教えればいいんだよ、なぁ…こんな奴を庇って詩華は死んだのか?うぅ…詩華…」
最早会話の体をなしていない男の独白。男はただ責め続ける。あの日妻が守った宝を。あの日を妻を守れなかった自分を。女を捌け口にして毎日、毎日。
癇癪を起こせば殴る蹴るは当たり前。ナイフで傷をつけられる事も首を絞められることも詩華の面影を重ねられてまぐわいを強いられる事もあった。全身はどこもかしこもアザだらけの傷だらけで透き通るように綺麗だった肌は既に見る影もない。内臓への衝撃のせいかご飯も体が受けつけなくなり徐々に徐々に痩せ細っていく。それでも生きる上で最低限の栄養を摂取しなければと少女はサプリメントに頼った。少女が死んでしまえば男の命もすぐに尽きてしまうと理解していたからだ。なによりも少女はそれが怖かった。手入れもされず汚れていく部屋に少女は自分達の姿を重ねていた。男が来ないわずかばかりの時間に目を閉じて体を休める。男の足音がすればすぐに目覚められるように準備して。幸せだったあの頃を思い出して流せる筈もない涙を流した。
閉じた世界で今日も責め苦は繰り返される。終わるのは、いつの日か。