【SS】タオラン:逞しい背中
周囲でわっと歓声があがる。もはや水すら受け付けず、水を与えても喉を通らず唇から溢れ落ちるだけだったというのに、よほど美味だったに違いない。
ああ、なんとありがたい。
求めるようにまた僅かに唇が開いて、妾は嬉しくて慌ててまた氷をひとかき口に入れた。
三度唇が開いた時、娘の言葉が脳裏を過ぎる。この丸い象牙色……あいす? だったか、これも氷菓であろうか。溶けかけているが、娘は確かに滋養がつく、と言っていた。
匙で表面をなぞれば、とろりと柔らかに崩れ、溶け出していく。娘に悪いと思いながらも初めて見る食物をそのまま与える気になれず、確かめるために舌先で舐めれば甘く優しい味がした。
これは確かに、稚児は好むであろう。
どこかにほのかに卵の味も感じ、滋養があるという言葉も頷けた。舌先がピリつくような事もない。娘の心配そうな顔を思い浮かべて、妾はあいすとやらをまた少し掬うと氷菓子も一緒にひとかきし、タオランの口へと運ぶ。
「!」
タオランが……今、笑った……?
大きな表情の変化ではない。だが確かに嬉しげに目が細められ、赤い頬が緩んでいる。
「甘……い……」
嬉しげに、また小さく口を開ける。
ああ。ああ。神よ……感謝する……! この子の体に水が、わずかばかりでも養分が、入っていくのをまた見ることができるとは。
そして、あの娘の優しげな顔を思い浮かべる。この溢れるような感謝の気持ちを、いつか伝えることができるのであろうか。
***
「母上、行ってくる」
ゆっくりと振り返る我が息子は、今や武術で鍛え上げた立派な体躯を持った青年へと成長を遂げている。あの日のような弱々しい、今にも息が絶えてしまうのではないかというか細い少年の面影は、もうどこにも残っていない。
水すら飲めなくなっていたあの日、娘が与えてくれたあの氷菓子が確かにこの子を救ったのだ。
あの日を境に病状は回復へと向かった。ふらつきながらも起き上がれるまでになったときは、妾は天に地に、この世の全てに感謝の祈りを捧げずにいられなかった。
鍛え上げているとはいえど、まだまだ父であった帝に比較すれば頼りない背中であろう。だが、その背はすでにこの国を背負って立つのだという気概に満ちている。
今日この日を以て、妾よりこの国を引き継ぐ息子を頼もしく見守っていたらタオランは急に足早に戻ってきて日々大切にしている像へと跪いた。
「女神様にもご報告をせねばなりませんでしたね」
快活に笑って、像へと一心に祈りを捧げている。あの日氷菓子を授けてくれた娘。その尊い姿を忘れたくなくて彼女に似せて彫らせた木像は、今も娘を女神、女神と崇めるタオランの心の支えになっておる。
異界の娘よ、そなたのおかげでタオランは本日これより戴冠式に臨むぞ。そなたへの恩義は妾もタオランも……そしてこの国に住まう多くの者達も忘れぬであろう。
純朴な目をしていた異界の娘。
そなたの行く末に多くの幸が在ることを、深く願う。
終
一発目のSSは、一番「気になる」のお声が多かったタオランでした。
いかがだったでしょうかー?
このお話は本編を書いている時から頭にあって、いつか成長したタオランを書きたいなと思っていたのでした。
楽しんでいただけたら幸いです。




