【SS】タオラン:一刻でも早く
SS更新します。
まずはタオラン!
異界の娘の優しさに、知らず頭が下がっていた。
この国を統べる帝が急な病で息を引き取ってから二年、夫のあとを継ぎ国の象徴として立つがゆえに人に頭を下げたことなど久しく無かった。弱みをみせればその瞬間、妾も帝の血を引く唯一の皇子であるタオランも、足を掬われてしまうであろう。
身近で世話をしてくれる者達にすら警戒を覚えるほど、緊張した日々の連続であった。
それゆえにであろうか、この世とは思えぬあの場所で、見ず知らずの娘が向けてくれたなんのてらいもない気遣いがこんなにも妾の心を打ったのかも知れぬ。
感謝にうち震え、涙を堪えて頭をあげると、そこは既に見慣れた居城の一室に変わっていた。
むせかえるような暑さと、迫り来るような夏虫の声が響き渡る、いつもの光景。しかし、手の中にはあの娘に手渡された氷菓子が冷たいまま存在を主張している。
……夢でも、妾の願望が見せた幻でもない。
胸が激しく打ち、あの娘が託してくれた氷菓子の器を握りしめる手が震えた。タオランに、この氷菓子を一刻でも早く与えてやらねば。
「タオラン! タオラン!」
愛しい我が子の名を呼びながら長い廊下を走れば、すぐにそこかしこから官女たちが現れ出る。
「シンイェン様!」
「どこにいらしたのです!」
「タオラン様が!」
「!! なんぞあったのか!」
「いえ……お姿が見えぬ故、何度も母上、母上、とうわごとを……」
ほっとして、またひた走る。タオランの部屋に走り入れば、熱に浮かされ汗だくで目の焦点も合わぬような、哀れな我が子が目に入る。ああ、確かに息をしている。その小さな胸が、確かに動いている。
「タオラン……!」
間に合った。
ボロボロと、涙がこぼれ落ちた。泣いている場合ではない、と我が身を叱咤する。一刻も早く、所望の氷菓子をその口に入れてやりたい。
「タオラン。所望の、氷菓子じゃ……!」
「はは、うえ……?」
ゆっくりと、その目が焦点を結ぶ。目はどんよりと力ないが、妾の顔を見てかすかに微笑んでくれた。愛しくて、哀れで……かき抱きたくなる想いをおさえて、妾は件の氷菓子をタオランの目の前に持ち上げた。
もはや顔を動かす力すらないというのに、その目に氷菓子を見た嬉しさが浮かぶ。
「す……ご、い……」
「ああ、これほどの氷菓子は妾でも初めてじゃ。タオラン、お前のために神が与えたもうたものじゃ」
娘が添えてくれた銀の匙で、蜜がたっぷりとかかった氷をひとかき、その小さな口へと入れていく。
「おい、しい……」
喉が、コクンと小さく動いた。




