二言はないな?
「……もう良いだろうか」
神官長様に抱きつけているという素晴らしい時間を堪能していたら、ちょっぴり控えめな女神さまの声が聞こえた。びくっと神官長様の体が揺れて緊張したのがはっきりとわかって、あたしはしぶしぶと体を離す。
残念、もうちょっとこうしていたかった。
「申し訳ありません……!」
「よい。この一年あまり、お前がどれほどアカリを想って奔走したかは妾もわかっておるゆえな」
「はい……」
鷹揚に微笑むエリュンヒルダ様とは対照的に、神官長様は恐縮したり赤くなったりと表情が大忙しだ。やっぱり神官長様、喜怒哀楽がはっきりと表に出るようになった気がする。しかも、エリュンヒルダ様のお言葉の中に、若干気になる部分があったんだけど。
「あたしを想って奔走したって、いったい」
「ふ、それはあとでナフュールにとくと聞くがよい。妾には今、アカリとナフュールに問わねばならぬことがあるのじゃ」
エリュンヒルダ様がスッと目を細める。そのお姿には一気に神気がみなぎった。
「妾はこれより、数多の神の意を受けそなたらに問う。神との問答は誓約となるゆえ、二心なく答えよ」
「はい」
「畏まりました」
エリュンヒルダ様がこんなに改まって問答という形式をとったことなどかつてない。数多の神々なんて言葉も初めてエリュンヒルダ様から出たと思う。あたしもさすがに背筋が伸びた。
「アカリよ、妾の世界に来ると決断した言葉に二言はないな?」
「はい」
「良き決断じゃ。それならば妾も手を出せる範囲が広い」
怪訝な顔をするあたしと神官長様に、エリュンヒルダ様は「神の世界にも制約があるのじゃ」と微笑む。
「してアカリ、これまで行ってきた導きの役目をこれからも担う気構えはあるか?」
「はい。もちろん」
「異界の者を助ける事も厭わぬであろうな?」
「異界の? 助けが必要な人が来るんですもの。もちろん助けますけど」
いきなり変わった話に驚いたけれど、エリュンヒルダ様があたしに神託をくださるなら、もちろん聖女としての役目を全うするまでだ。皆喜んでくれるし、そこに否やはない。ただ、エリュトゥールに行ったら、そんな機会じたいがもはやないと思うんだけど。
「さすが妾の声を聞く娘じゃ。その心映え、嬉しく思うぞ」
満足そうにエリュンヒルダ様は頷く。そしてそのまま神官長様へと視線を移した。
「さてナフュールよ、お前にも問おう。これまで同様、妾の可愛い子らを助けてくれるな?」
「はい、それが私の生きる意味ですから」




