彼女と会えるだけで
女神様にまで届いていたとは思わず、確かに毎夜毎夜真剣に願ってしまっていました。あれが女神様に聞かれていたかと思うと顔が熱くなるのをどうにも抑えられません。私もまだまだ修行が足りないようです。
「良い、早う願うてやれ。あやつも喜ぶ」
僅かに目尻を下げる女神様は、それはそれは柔和な、優しいお顔でした。そのお心に勇気づけられ、私はついに願いを口にします。
「女神エリュンヒルダ様、私はアカリに会いたい。アカリに会いたいのです……!」
女神様の唇が、柔らかく弧を描きます。もしかすると女神様も、この願いを受ける瞬間を待っておられたのかもしれません。
「ふ、良かろう。その願い、しかと聞き届けた」
ふわりと優美に上げられた指が、私の額を軽くトン、と押しました。
強い眩暈が襲い、体の平衡感覚が失われて激しい波に揉まれるような衝撃が、浅く深く私をさいなみます。視界が歪み、全てのものの輪郭がぼやけて物と物との境界が曖昧になっていくようで、自分と世界との境目さえあやふやになり……やがて女神様のお姿さえも光の束になって視界から揺れて消えていきました。
「何百回と聞かされた願いじゃ。叶えてやるゆえ首尾よくアカリを妾の世界に誘うて来よ」
耳の奥に女神さまの涼やかなお声が聞こえた気がしました。
ああ、しかし女神様。
私はもう、彼女と会えるだけでも幸せなのです。
女神様のお気持ちも、ユーリーン姫の思いももちろんアカリに伝えなければなりません。そして、アカリが消えてしまってからずっと抱え続けたこの想いを、どうしても伝えたい。
しかしそれを受けて彼女がどう決断するかは分かりません。なにしろあれから時が経ち、彼女は新しい生活をはじめているのですから。
彼女の傍に在れれば、それは何よりもうれしいことに違いありません。ですがそれを無理に強いることなどできそうにありません。
彼女の思いを私は優先したい……。
いきなりまた眩い光が襲い来て、ぐらりと大きく体が傾いだ瞬間、私は堅い床に降り立っていました。
「ここは……」
ああ、見覚えがある。
清潔なクロスがかけられた小ぶりなテーブル。柔らかそうなソファ。窓の外に広がる明らかに違う世界。まるで故郷に帰ってきたような穏やかさに包まれた、アカリらしいとても居心地の良い場所。幾度となく夢に見た、アカリの店です。
パタパタと走る音が聴こえて、誰かが近づいた気配に振り向けば。
「神官長様……?」
目の前には。
目の前には、幾度夢に見たか分からない、愛しい顔が。
「アカリ……!」




