願いが叶う日
あれから幾日が経ったのでしょうか。
ひとつの街で癒しと救済を行っては倒れるように馬車に乗り込み、次の街に着いた知らせで起き上がってはまた新たな街の人々に相対する。日付もあやふやになってきましたが、私は日々とても充実していました。
癒しを施した皆さんは、一様にとびきりの笑顔を見せてくれます。そして、皆さんを笑顔にするための行いがそのまま蒼を増やすことにつながり、アカリに会える手段となるのですから。
疲弊した己の体に疲労回復の魔法をかけながら、私は来る日も来る日も癒しの旅を続けます。
そして、ついに。
目の前で聖杖の宝珠が蒼で満ち、ひときわ大きな光を放ちました。
「蒼が……!」
ついに満ちた、そう思うと胸が締め付けられるような、跳ねるような、浮き立つような、何とも言えない感情が押し寄せました。
ああ、どれだけこの瞬間を待ったことか。
はやる胸を押さえ、導かれるようによろめきながら聖杖に近づいた私は、ハッとして踏みとどまります。
女神エリュンヒルダ様へ直に願いを届ける祈りを捧げようというのに、禊すら忘れてしまうところでした。神官としてあるまじきことです。
逸る気持ちを抑えて香を炊き、全身に浄化の魔法をかけた上で清浄な布で体を拭います。口を漱ぎ顔と手を水で洗おうとしたところで、急に聖杖の宝珠から、目も眩むほどの光が放たれ辺りを包みました。
「な、なにが……!?」
あまりの光に反射的に閉じた目をゆっくりと開けると、そこには神々しいお姿が現出していました。
「久しいな」
感情のこもらない声が、私の狭い部屋に響きます。
女神様の尊いお姿を、またこの眼で拝むことができようとは。ありがたさに私の喉はつまってしまい、ろくに声もでない有様です。
しかし、まだ祈りを捧げてもいないというのに、これはどうしたことでしょうか。驚きで言葉を失う私に、女神さまはあきれたようにこう仰いました。
「宝珠が満ちたというのに、なにをもたもたと。待ちきれぬわ」
「も、申し訳ありません……!」
どうやら禊をしたばかりに、女神さまを随分と待たせてしまったようでした。申し訳ないことです。女神さまは神々しい笑みを浮かべ、私を促します。
「さあ神官長ナフュール。お前の願いを口にするがよい」
女神様の口からその言葉が紡がれた途端、私の胸が早鐘を打ち始めます。喉がからからに乾いてきて、私は二度、三度、口をパクパクと開けては閉じる無駄な数秒を過ごしてしまいました。
「なんだ。心中で毎夜あれほどに願うておる割に、いざ口にするのはそんなにも緊張するものか」
「は……!」
「紅うなりたいのは妾の方じゃ。願うのは勝手だが、妾に届くほど強く願うのはほどほどにな」
なんとも。
恥ずかしい……!




