祈りよ、とどけ
ドアが完全に閉まるのを見届け、そのまま厨房の奥まで戻って椅子に腰掛けたあたしは、目を閉じ胸をおさえて大きく息をつく。
やんちゃ君の絞り出すような嗚咽を見たからだろうか。今朝夢を見た時に感じた不安がまた頭をもたげてくるのを感じていた。
この一年頻繁に見てきたあの世界の夢。もはやあたしの郷愁や神官長様への思いが見せているただの夢とは思えない。あれは、あの世界で現実に起こっているできごとだという可能性が高いんじゃないだろうか。
王家の馬車で奔走する神官長様の青い顔が脳裏に鮮明に思い出される。
あの世界になにか大きな凶事が起こってるんじゃないのか。神官長様が過労で倒れてしまうんじゃないか。そう思うと胸がきゅうっと苦しくなる。
こうしているうちにも、やっと平和になったと思ったあの世界が危機にさらされているかもしれないのに。あたしの大切な人たちが、苦しんでいるかもしれないのに。
今日、やんちゃ君を見ていて芯から思った。
誰かを失う前に、大切な何かが手からすり抜けてしまう前に、後悔しないように行動を起こすしかないんだって。
でも、あの世界から離れてしまったあたしに、いったい何ができるっていうの?
馬鹿なことをした。あの場にいればあたしだってなにか役に立てたかもしれないのに。こんなにも心配なのに、この前の洪水の時だって、みんなが町の人を救うために奔走するのをただ見守ることしかできなかった。
苦しくて、涙がじわりと浮かんでくる。
泣いてる場合じゃない、そう思っても涙が勝手にこみあげてくる。それをティッシュで抑えながら、あたしは一生懸命に考えた。
なにか……なにか、できることはないの?
でもあたし、今じゃエリュンヒルダ様の声すら聞こえない。せめてあの夢を通してでも、なにか手助けができればいいのに。
「夢……」
夢を通じれば、あるいは。
今まで夢の中で、神官長様やユーリーン姫、コールマンさん、誰に話しかけても反応なんか返ってこなかった。こっちから夢を通して覗き見ることができるだけで、あたしの声も姿もみんなには聞こえない。
でも……エリュンヒルダ様になら、夢を通じて祈りを届けることができるかもしれないんじゃないの? もしかしたら、語りかけるだけじゃなくて会話を交わせる可能性だってあるのかもしれない。
目を閉じ、胸の前で指を組む。一縷の望みをかけて、あたしは一心に祈った。
エリュンヒルダ様、どうかお願い。
あの世界を……あたしの大切な人たちを。神官長様を、どうか守って……!




