ひいおばあちゃんのラスク
呼び出しのベルを押そうと手を伸ばしたクール君に、あたしは慌てて声をかける。
「あの」
「うわっ」
思いっきり驚かせてしまった。ごめんね、クール君。
「ごめんなさいね、急に。えっと……これ、良かったら食べてね」
「えっ、いや……その、いいんですか? ありがとうございます」
ちょっとだけ眉毛が下がって、「また気をつかわせちゃった……」的に思ったのが見て取れた。ごめんね、あたしにはあたしなりの理由があるんだけどそれは言えないから。笑顔を返すことしかできない。
「どういたしまして」
「あ、あと、アイスティーをもう2杯、お願いします」
「はい、ありがとうございます」
コトン、とラスクを載せたお皿をテーブルにおいて立ち去ろうとした時だった。
「ラスク……」
やんちゃ君から小さな小さな声が聞こえて、思わず振り向く。
「ひいばあの……ラスク……」
やんちゃ君のぱっちりした目から、新たな涙がぶわっと出てきてボロボロと零れ落ちた。ハンカチを取り落としたのにも気が付かずに、やんちゃ君はラスクを一心に見つめている。
「お前、鼻水」
紙ナプキンでクール君が乱暴に拭ってあげているけれど、やんちゃ君はさらに激しくしゃくりあげ始めた。
「おれ……おれ、ひいばあに酷いこと言った……! いらねえって、貧乏くさいって」
あ……そっか。その言葉だけで察せてしまった。
きっとやんちゃ君は、ひいおばあちゃんが食パンの耳で作ってくれたラスクを、無碍に断ってしまったんだろう。中学生だもんね、そろそろ反抗期だってくるだろうし、普通によくある話だ。
あたしだって、お母さんやおばあちゃんに似たようなこと言ったことがいくらだってある。気まずくても、あとでちゃんと謝って許し貰えれば心の重石は軽くなる。ただ……この子は。
「あん時はおれ、なんでか忘れたけどムカついてて……ひいばあにやつあたりしたんだ」
ひっく、ひっく、としゃくりあげる。
「おれ……謝れなかった。ひいばあ、悲しそうな顔、してたのに」
可哀そうに、自分で酷いことを言ったと思っているのに、謝れないままひいおばあちゃんが逝ってしまったことで、やんちゃ君はそれが心残りになってしまっているんだろう。それはつらいよ……。
「ホントはラスク大好きなのに。ガキの頃、いっつもねだって作ってもらってたのに。おれ……」
「それが、お前がさっきから泣いてる理由か」
「……」
クール君の静かな追及に、やんちゃ君の首が小さくコクン、と揺れる。
はあ、とひとつため息をついて、クール君は無言のままお財布をとりだして中身を確認すると、「しょうがねえな」と呟いた。
戻るのをすっかり忘れてうっかり話を聞いてしまっていたあたしに、クール君が目を合わせる。
「すいません、このラスク、ビニールかなんかに入れてもらっていいですか?」




