入ってきたのは
「うーむ」
起きるなり唸ってしまった。だって前にも増して神官長様が怒涛の勢いで癒しを施しまくってたんだもの。馬車で移動してる間に僅かに睡眠をとってるみたいではあったけれど、あんなの絶対に体に良くない。
王家の馬車だったから、ユーリーン姫やコールマンの要請でやっているのかも知れないと思ったら、急に不安になってきた。二人が神官長様にあれほどの強行軍を要請したのであれば、それはすなわちあの世界がそれだけ厳しい状況に置かれているということだろう。
以前土砂崩れと洪水の被害に遭っていたあの街ほどの惨状は目にしていない。むしろ一見平和そうに見える街が多かったけれど、今日の夢では声までは聞こえなかったから、本当は苦境に晒されているのかも知れない。そう思うと怖かった。
実はこの一週間ほど夢を見てなくて、あたしも徐々にあの世界への未練が薄れてきているのかな、なんて思いかけていたんだけれど、こうやって夢を見てしまえば……神官長様の疲弊したお姿を見てしまえば、一気に心配と会いたい気持ちが再燃してしまう。
神官長様、大丈夫かなぁ……。
ジリリリリ……と容赦なく目覚まし時計が鳴って、あたしは現実へと引き戻される。ああ、もう四時か……起きて準備に入らないと店を開けられない。会社員時代よりも早起きしなきゃならないのは辛いところだ。
思いっきり伸びをして、肺いっぱいに空気を取り込む。神官長様の必死なお姿はしばし心の中に封印だ。お客様を前にする時は、出来るだけ明るい顔でって決めてるもの。
開けたら割とすぐに田所さんがやってくる。あれ以来踏み込んだ話になったことはないけれど、それはある意味あたしの努力の賜物だ。好みとか恋愛の話になりそうな雰囲気があると、出来るだけさりげなく話を逸らすように心がけている。
そして聡い田所さんは、多分あたしがその話を避けていることにも気づいているだろう。
どうしてもまだ、新たな恋を始める気持ちにはなれなかった。
思わせぶりな態度はあるものの、はっきりとお付き合いを申し込まれたわけでもないだけに、微妙な距離感を保ったままの状況が続いていて、少しだけモヤモヤと気持ちが落ち着かない……そんな午後だった。
カラン、コロン、と来客を知らせる可愛いベルの音が鳴って、扉のほうを見る。
「いらっしゃいませー……」
驚きで、言葉尻が少しだけ小さくなってしまった。
扉を開けて入ってきたのは、常連の男子中学生の二人組。でも、どうしたことかやんちゃ君がボロッボロに泣き腫らした目で足元すらおぼつかない。なにがあったっていうんだろう。




