人は強い、神よりも
女神様視点です。
「……ふ」
図らずも、口から笑みが漏れた。
今日も今日とて「逢いたい、逢いたい」と、耳鳴りのように切なる願いの波動が届く。妾に届くほど強い願いを、これほど頻繁に送ってこようとは……あやつも変わったものじゃ。
水鏡を覗けば、妾の唇の端はそれと意識せずに上がっていた。
「仕様のない男よ」
ひとりごちてそのまま水鏡に軽く触れれば、身を削るようにして下界のそこかしこを奔走する男……神官長ナフュールの姿が映る。
ふふ、なんとも必死な顔をしておるではないか。
ほんの一、二年前までは本当に人かと訝しむほど我欲のない男であったが。
先だって見せたアカリの様子がよほど堪えたのであろうな。これまで対外的には平静を保ち、穏やかにゆったりとした雰囲気を纏っていたあやつが、夜を徹して馬を駆り時を惜しむように街々を巡っては癒しを施していく。
あの細身の体のどこにそんな力が眠っていたものか。
人は強い。……時に、神よりも。
そう思うことがある。
強く願う力があるゆえであろうか。
人が願いのために奔走しあがく姿は、何よりも尊く美しいものだ。生命力がキラキラと煌めき、短い命の中で思いもかけぬほどの力を発揮することがある。
このように必死な姿を見れば、できることならば妾もナフュールとアカリが恋仲になってくれれば良いと思う。あわよくばナフュールが今一度アカリを妾の掌する世界へ連れて戻れば良いと願う。
だが。
人の心は妾でも変えられぬのだ。
アカリが心変わりせぬうちに、ナフュールを思って祈る心があるうちに、あの蒼が満ちると良いのだが。
妾はかつてない速度で溜まる蒼を見ながら、また「……ふ」と笑みを漏らした。
憂える必要もないか。
ナフュールには強い援軍もあるのだった。
あやつには聖女であるアカリの助けが今もしかと働いている。ナフュールが操る奇跡は、あやつの徳の力を使っていると話した折に、アカリが言ったあの言葉。
「じゃあ、あたしも頑張る。あたしがもし感謝されるような事があったら、その分は神官長様の徳として使えるようにして欲しいの」
さしたる問題もないと「心得た」と答えたものだったが、アカリもなかなかやるではないか。今やアカリはいくつもの世界で信仰にも似た崇拝を得ているのだ。
アカリにそんな心づもりはないのであろうが、あの娘が導き助けた者たちが、それぞれの世界でその尊き出会いを語り伝承することで、大きな徳の力となって蒼が貯まるのを助けている。
まこと似合いの二人よの。
妾の言葉を聞く愛しいアカリ。妾の教えを体現する可愛いナフュール。妾が愛でる二人が幸せに暮らせる日が来るまで、今しばらく妾も下界を繁く見守ろうぞ。




