それでも、あたしは
「それでも悲しいことに諦めきれないんですよね……」
つい言ってしまってから、お客様にぶっちゃけ過ぎたと反省した。孫のように扱ってくれる常連おじいちゃん達は別として、田所さんだって出社前の朝っぱらからこんな重い話をされても困るだけだろう。
謝って速攻で話を変えよう。そう思って田所さんを見たら、彼はいつにない真顔であたしを見ていた。やっぱり気分を害したのかも知れない。慌てて謝ろうとしたら、田所さんがにっこり笑ってこう言った。
「ふーん。それでアカリちゃんは、いつまでその実らない恋に固執するつもり?」
「……」
痛いところを突かれて、言葉なんか出なかった。そんなのあたしが一番わかってる。諦めようって思ったからこそ神官長様のいるあの世界から、わざわざ帰ってきたんだもの。
それなのに、芯からは覚悟が出来ていなかったのか、一年以上が経った今でも頻繁にあの人を夢にまで見る始末で。
今でもやっぱりこみあげてくるのは好きっていう熱い感情で。今でもやっぱり無理をしがしちなあの人がすごくすごく心配で。
そんな気持ち、なんの意味も無いって分かってる。神と民に心のすべてを捧げているあの人にとってはむしろ邪魔にしかならないものだって理解してるのに。
でも……それでも、あたしは。
「……ですよね。諦めようって頑張ってるんですけど……難しくって」
笑おうと思ったけど、口元がゆがんだだけだった。
あの日々を忘れられたなら、むしろどんなに楽か。でも忘れてしまったら、あたしはきっと心の大切な部分を失うんだろう。
痛む胸のうちはそのままに、あの人とあの世界の無事を祈りながら気持ちに折り合いをつけて生きていくしかないんだ。
「もうちょっとだけ、時間が必要みたいです」
「ごめん、言い過ぎた。そんなに悲しい顔させるつもりじゃなかったんだ」
きっとすごく情けない顔をしてたんだろう。田所さんが困ったように目を伏せる。
「こっちこそすみません、朝からなんだか恥ずかしいこと言っちゃいましたね」
「いや、俺が悪かった。その……」
「コーヒー冷めちゃいましたね。淹れなおしてきます」
「あっ……」
急に腕を掴まれて驚いて振り返ったら、思わずといった感じで立ち上がった田所さんと目が合った。
「ご、ごめん。つい」
「いえ」
パッと掴んでいた腕を放して、慌てた様子で田所さんはまた席に座る。何か言いたいことがあったのかと思って少しだけ待ったら、田所さんは眉を下げて困ったように笑っていた。
「アカリちゃんにそんなに想われてるヤツが羨ましいよ」
「あはは、むしろ困ってたと思いますけど」
冗談めかして言ったけど、まぁまぁ事実だ。神官長様、いつも困った顔してたしね。でも、そんな事知るよしもない田所さんは真剣な顔であたしを見上げている。
「その人のことは忘れられないとしても、男は山ほどいるからさ。他の人にもそろそろ目を向けてもいいんじゃない?」
「そうですよね、努力します」
常連おじいちゃん達にも、ストレートに「次に行け、次に」ってめっちゃ言われた。笑って同意したら、田所さんは極上の笑顔でこう仰った。
「もちろん俺も候補に入れてね」
イケメンか。さすがにこれは赤面せざるを得なかった。




