あたしのため?
それでも神官長様はゆっくりと首を横に振る。
「浄化を……せめて街を覆う汚泥を排除せねば」
神官長様が青い顔のまま睨む先には、茶色に侵食さえた街並みが広がっている。さっきまでは茶色い水に浸されていた街は、水が流れ出て行くごとに元の街並みに戻っていっているんだろう。水面だったところには屋根が見えてきているし、二階建てだったんだろう家屋の一階部分も露わになってきている。
水に沈んでいた屋根の上には泥はもちろん石や流されてきたんだろう木々や瓦礫、家具なんかまでが引っかかっていて、これを除去するだけでも多くの労力を要するだろうことが簡単に想像できてしまうのが悲しい。
神官長様の浄化でも、汚泥は除去できても瓦礫までは除去できないだろう。
奇跡にも神聖魔法にも限界はある。だからこそ、神官長様は汚泥だけでも除去したいと思っているのかも知れない。
気持ちは分かるけど、立ってるのもやっとなのに、街全体を浄化するみたいな大規模な魔法を使えば、今度こそ魔力が枯渇してしまう。そう思ったのはあたしだけではなかったらしい。
「しょーがねえなぁ」
ひとことそう呟いたコールマンさんは、一瞬で神官長様の首に手刀を入れる。あっけなく崩れ落ちた神官長様の体をがっちりと支えて、そのまま肩に軽々と担ぎあげるとさっさとテントの中に入っていってしまった。
すごい。まさしく問答無用。
「すげーな、気絶しても杖だけは手離さねーとかどんだけだよ」
よいしょっと神官長様をベッドにおろし、コールマンさんはブチブチとぼやきつつ聖杖をもぎとってベッドの横に置く。その聖杖の宝玉は、見る間に半分ほどまで蒼が回復していた。
慣れた様子で魔力回復を促す香を焚き、コールマンさんは颯爽とテントをあとにする。テントの外では既にユーリーン姫による朝食の振る舞いが始められていた。
「お、いい匂いだな」
「ええ。水が引ききるまでにはもう暫く時間がかかるでしょうから、その間に食事をとってもらおうと思って」
「腹が減ってちゃあロクに力も出ねえもんな」
「出来るだけ浄化も進めておきたいわね」
「だなぁ。それでナフュールの負担がちっとでも減らせるといいんだが」
頼もしさに胸が熱くなる。この二人が側にいてくれるなら、無理をしがちな神官長様もきっと大丈夫。この街……いや、この世界の人々も時間はかかってもきっと着実に復興していけるだろう。そう思えた。
だからなのかな。あたしのカフェに皆が来ないのって。
それは嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。
「そうそう、そういやぁ聖杖の宝玉も結構な勢いでまた蒼くなってたぜ」
「まあ本当に? 良かったわ、今回のことは仕方ないとしても……アカリのためにも、早くまた蒼が満ちるといいのだけれど」
あたしのため?
なんで?
急に出てきた自分の名前に、意味が分からなくて首をひねっているうちに、長かったその夜の夢はついに終わりを告げたのだった。




