まずは私ができることを
街に近づいていくごとに、その被害の甚大さがより鮮明に見えてきます。
街は濁った茶色の水に覆われ、家屋の一階部分が見えないほど。これでは家財道具もすべて使い物にはならないでしょう。
そして、高台に逃げることができた街の人々は、水に覆われた街を絶望に満ちた表情で見下ろしていました。
泥まみれのまま、ケガをしているのか飢えているのか、疲労の余り動けないのか……そこここに動けぬまま身を横たえていて、誰もが言葉もなくうつろな目をしています。
彼らが失ったものの大きさに、私まで胸が締め付けられるように痛みました。
「旅の人かね……」
声がかけられるほどに近づいた途端、か細い声がそう問いかけてきました。見れば疲れ切った様子のご老人が、震える体をなんとか起こして話しかけてくださっているようです。
申し訳なくて、私はすぐに膝をおり、ご老人の視線に合わせます。
「街はこの通り、濁流に沈んでおる……すまぬが泊まれる宿どころか、もはや街の体すらなしておらぬよ」
こんな状況だというのに、さらに北の街への陸路を教えてくれようとする親切なご老人の優しさに、私は胸を打たれる思いでした。
「ありがとうございます。ですが私はこの街が大きな災害に遭ったと聞き、少しでもお役に立てばと思ってお伺いしたのです」
「わざわざ、この街を救おうと……?」
呟いて私をまじまじと見つめたご老人は、ハッとしたように息を呑みます。
「あなた様は、まさか……!」
どうやら気づいてくださったようです。魔を払った凱旋披露の際に、アカリが聖女としての力を使って遙か遠い土地までその映像と声を届けてくれたこともあって、私たちの顔は全国に広く知られています。
街を渡り歩いて人々を助ける際に、こうして気づいていただけるのはありがたいことです。余計な説明を省いて短い時間で問題にあたることができるのですから。
「王家もこちらに向かっていると聞いています。食料を頼んでおきましたので、まずは彼らが到着するまでの間に、今起こっている問題を少しでも解決していきましょう」
「なんとありがたい……!」
「少し失礼しますね。まずは皆さんの体や命が一番大事ですから」
目の前のご老人に浄化の魔法をかけると、泥まみれだった服も体も一気に清浄になります。体を覆っていた泥がなくなりきれいになると、身体的な状況がはっきりと分かるようになりました。どうやら大きなケガはないものの打撲の痕があるようです。そして、目の下の色濃い隈からは、蓄積した疲労が感じられました。
回復魔法で疲労を打撲と癒やせば、ご老人は驚くほどしゃんと立ち上がります。その目には、先ほどとは打って変わって、生き生きとした生気が宿っていました。




