文明が飛躍するとき
「これの素材は、竹か!? あの、緑色の幹にいくつも節のある……!」
「そうそう、中が空洞になってるヤツね。よくしなるし加工しやすいからいろんなものに利用されてるよね」
「やはりそうか!」
もうあたしの話なんて聞いてないな。また考え込んだ彼を見て、テーブルに置いた食事を少し彼から遠ざける。思わぬ動きをしてひっくり返しちゃいそうなんだもん。
「閃いた!!!!!!」
「うわっ」
突然大声上げて立ち上がるからびっくりしたよ、もう! 危うく頭突きをかまされるとこだったじゃない。
「おお女神よ、感謝する!」
あたしのビックリ感なんか小指の爪の先ほども気にとめていないらしい自称発明家さんは、竹串を振りかざして奇妙な踊りを踊っている。あぶないなぁ、もう。結構竹串って先が尖ってるんだけど。
さすがに自称発明家さんの上がりきったテンションについていけなくて、ちょっと離れて成り行きを見守っていたら、今度は思い出したみたいに急にこっちを見て、猛ダッシュで近寄ってきた。
「ありがとう、閃きの女神よ!」
「一般人です」
竹串を持ったままあたしの両手を握りしめる、なんていう器用なことをする自称発明家さん。ただもうなんか目が怖いから、あたしの対応もちょっと警戒気味になる。
「いや、この竹串とやらで人々の生活はこれまでとは比較にならぬほど便利になるのだ。これは世紀の大発明だぞ!」
「はあ……」
発明家ってこんなインパクト強い人が多いのかな……。ぶっちゃけテンションについていけない。
「何を呆けておられるのだ、女神よ! 貴女は今、文明が飛躍する瞬間に立ち会ったのだ! 誇るがいい!!!」
思わず唖然としたけれど、誇るがいい! なんて、とても女神への物言いとは思えない言葉に、段々面白くなってきた。
この竹串が彼の世界の文明の飛躍とやらにどんな役割を果たすかなんて想像もつかないけど、この人の頭の中ではきっと、輝かしい未来が待ち受けているんだろう。この人が言うように、たくさんの人の生活が便利になるんだったらそれってすごく嬉しいな。
きっと神官長様だったら、女神のお力に感動して、そしてとても喜んでくださるだろう。
「あたしはただのメッセンジャーで、女神様は別にめちゃめちゃキレイで素敵な方がいるんで、そちらにお礼を言ってくれれば、それで」
「欲がないな、女神よ。だがそれでこそ女神か」
「だから女神じゃないって何度言えばわかるの」
全然話を聞かない発明家自称さんに、苦笑しか出ない。しかも彼は「長年の悩みが消えて今私は実に爽快な気分だ!」とのたまったかと思うとあたしが用意した食事を一気に平らげて、あたしの店におかれている様々な
機材を散々いじくったのち、満面の笑顔で帰って行った。
「女神よ、貴女の与えてくれた恩恵を私は人々にも広めてみせる。人々は貴女を崇拝するだろう!」
そんな自信に満ちた言葉を残して。
崇拝うんぬんはどうでもいいけど、この自称発明家さんが言うようにたくさんの人の暮らしが楽になるのなら嬉しいなあ。




