自称発明家さんは寝食を忘れる
やがて、ほう、とため息をついた彼はゆっくりと振り返る。
「……なるほど、見たこともない素材、機材、服、靴。家の造りも灯りすらもまったく違う。窓の外の景色にいたっては、まるで夢でも見ているかのように奇想天外だ。確かに慣れ親しんだ私の世界ではない」
おお、めっちゃ冷静に異世界認定した! 見かけによらず理知的な人っぽい。
「先程貴女は、何か願わなかったかと聞いたな」
「うん。多分だけどあたし、貴方が抱えてる問題を解決する鍵になるアイテムを渡してあげられると思う」
しのごの言わずに、あたしはとりあえず竹串を手渡した。
「これは?」
「竹串よ。料理とかに使うんだけど」
「私は後の世に名前を残すであろう偉大なる発明家だぞ? 故に抱える問題は深遠なものだ」
「はあ」
「こんな細っこい棒切れが、私の発明にとって何の役に立つというのだ」
そんなの分かるわけがない。この前のかき氷みたいに欲しい理由とどう役に立つのかが分かりやすい例は少ないんだもの。だからあたしは正直にそう言った。
「さあ、どう役に立つかなんて分からないよ。でも、絶対に貴方の問題はこれを使うことでいい方に向かっていく筈だよ。なんたってそれを授けるために女神様が世界を越えて貴方をここに呼んだんだもの」
「世界を越えて……」
そう呟くと、自称発明家さんは改めてあたりを見回して、深く頷いた。
「そうか、そうだな……女神よ、貴女が私をここに導いたのか。私の世界の文明を花開かせるために」
大げさだな。思わず笑ってしまった。第一導いたのはあたしじゃないし。
「あたしじゃなくて、導いたのはエリュンヒルダ様っていう本当の女神様。だから、信じて」
「おお女神よ。これが、突破口になると……?」
すでに竹串に視線釘付けの自称発明家さんは、もうあたしの話も聞いてるんだか聞いて無いんだか分からない。あたしはひとつため息をついて、厨房へと戻った。だってこの人、人の話あんまり聞かなそうだし、なにより抱えてる問題にかかりっきりで寝食を忘れちゃうタイプの人だ。多分お風呂も忘れてる。
せめてご飯だけでも食べさせたくて彼が竹串を握りしめている間に、お腹に優しいスープとドリアを作っていく。少し糖分があった方がいいよね、頭脳労働してるっぽいもんね。
気にいるかは分かんないけど無難に甘めのアイスティーもつけて、あたしは彼が座り込んでいる席へと近づく。
「置いておくから、良かったら食べて」
「待ってくれ、女神!」
「だから女神じゃないって」




