まさか姫が泣くなんて
「泣いてた……」
あの気の強いユーリーン姫が、ボロボロと泣いてた。
驚きで、小鳥がさえずるような爽やかな朝だというのに呆然としたまましばらく布団の中で時間が経ってしまった。これまで過酷な旅の中でもユーリーン姫が泣いたのなんて見たことない。
きっと王家の代表として、彼女はずっと気を張っていたんだと思う。
神官長が私を召喚したこと、魔を浄化することにものすごく責任を感じていたように、ユーリーン姫も民を、世界を背負っているという強い自負があったんだろう。
彼女はどんな苦境があっても、いつもその強い意志と明るい言葉であたし達を鼓舞してくれた。
エリュンヒルダ様の声を聞いて浄化への道を導いたのは確かにあたしかも知れない。でも、魔に満ちた暗い世界の中で、長い長い苦難の道行きの中、最後まで希望を失わずに旅を全うできたのは彼女がいつだって精神的に導いてくれたからだ。
そんな彼女が、あんなに子供みたいに泣くだなんて。
こんなとき、声が聞こえないのがもどかしい。
そばに行って慰めたい。なんなら彼女の憂いを晴らしてあげたい。魔が浄化されたあの穏やかな世界で、彼女を泣かせるほどの事案があることにあたしは急激に不安になった。
見た感じでは、ユーリーン姫はなぜか神官長を責めているみたいにも思えた。そして、神官長はそれを甘んじて受けていたようにも見える。
神官長もいつも自室で切ない顔してるし、ユーリーン姫までが涙にくれるなんて、あの世界にいったい何が起こってるっていうんだろう。
ひとりだけいつもと変わらない感情が安定したコールマンに、ざっくりと状況を説明して欲しいくらいだ。
これまでたまーに夢に出演しても、いつもコールマンとふたり元気そうに笑ってるばかりだった姫のあまりにも悲しい涙に、あたしの心配はいや増すばかりだ。
何か困ってるんだったら、あの奥の四人がけの席を通じて来てくれれば、お導きを示せるのに。ままならないのが悔しい。
モヤモヤする胸のあたりを押さえながらベッドから起き上がった時だった。
けたたましく時計のベルが鳴る。
ああ、ちょうど起きる時間か。夢にビックリしすぎて目覚ましより先に起きちゃったんだな。
急に現実に引き戻された気がした。
「まぁ、こうしてても仕方ないか」
そう自分に言い聞かせて通常モードに入る。自分のために簡単にハム&チーズ入りのホットサンドを作ってミルクと一緒に流し込む。
遠い世界の友人がこれ以上泣かなくてすむことを祈りながら、あたしは本日も「営業中」の札を下げた。




