妾はなにもできぬのか……
美女がまた袖で顔を覆ってさめざめと泣く。こうしちゃいられない、私は私が出来ることをしなくっちゃ。
「泣かないで、氷ならあるから。今からすぐに美味しい氷のお菓子を作ってあげる、ちょっとだけ待ってて」
「まことか!」
「もちろん。貴女の願いを叶えるために、世界の扉が開いたんだもの。任せて」
「! ま……待ってたもれ」
冷凍庫の扉を開こうとした途端、後ろの美女から待ったがかかる。振り向いた私に、美女が必死の形相ですがりついてきた。
「妾の願いを叶えられるのであれば、後生じゃ、タオランの命を救ってたもれ」
「それは……」
「わ、妾の命を使ってもかまわぬ。魔に下れと言うのならば魔にも堕ちよう。後生じゃ……!」
子供のことを思うお母さんの気持ちは痛いほどよく分かる。できることならば願いを叶えてあげたいけれど、私にできるのは導きのアイテムを渡すことだけ。
命をどうこうするような力なんて最初からない。
こんなとき、神官長様がいてくれたなら、きっと奇跡を起こしてくれたんだろうけど……。
「気持ちは分かるけど……それは無理だよ」
「なぜじゃ、タオランはあの国に必要な子……! 帝の血を引く唯一の皇子が絶えれば、国も乱れる。願いを叶えられるのならば、あの子の命を」
「ごめんなさい」
「なぜ……!」
美女は力なくくずおれ、床にぺたりと座り込んでとうとうと涙を流している。子供を思って泣くその姿があまりにも可哀想で、胸が痛い。ここにくるまでも彼女はどれだけ泣いたのか、見当もつかない。
でも、どうあがいたって私にできることはひとつだけだから。
「妾には、何も出来ぬのか……妾は、無力じゃ……」
「ごめんね、助けてあげたいけれど、私には命をどうこうする力はないの。でも……私が用意するものは、人を幸運に導く力があるの」
美女がゆっくりと顔を上げる。その目からはとめどなく涙が流れて、目の焦点も合っていない。思考停止したような彼女に、私はできるだけ丁寧に言葉を伝える。
「ねえ、タオラン……様? は、氷菓子を食べたがっているんでしょう?」
「ああ、可哀想にうわごとのように何度も何度も所望するのじゃ。まだ幼子のころ、帝と一緒に一度きり食べたものが忘れられぬのだろう……哀れな」
呆然と呟く彼女を横目で見ながら、私は氷を冷凍庫から取り出した。
おもむろにかき氷器に氷をセットして取っ手を回せば、シャリシャリと小気味いい音を立てて淡雪のような
繊細な氷がガラスの器に落ちてくる。




