私だって心配なのに
「ねぇ陽奈、今回もそうなんじゃないの?」
「違うし」
「ママがひとりで仕事してるから、経済状態が……とか心配してるんなら、問題ないわよ」
その言葉に、このお母さんがシングルマザーで、きっとこの子を女手一つで育ててきたんだろう事がうかがえる。たくさん苦労しただろうに、そんなことを感じさせない気丈さで、お母さんはニッと笑うとドンと胸を叩いて見せた。
「言っとくけど陽奈のママは、そんじょそこらの男には負けないくらいの稼ぎがあるんだからね!」
安心して大学に行きなさい、とお母さんは説得する。多分だけど、シングルマザーであることで娘さんの可能性を潰したくないんだろうな。
「知ってるよ、そんなの」
「じゃあ、なんで」
「それくらい稼ぐために、ママ、毎日毎日顔も合わせられないくらい遅くまで働いてるじゃない!」
「それは……」
「夜だってまともに寝てないの、私知ってるんだから。あんなんじゃ、体壊しちゃうよ……」
本当に心配してたんだろう、陽奈ちゃんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。陽奈だってずいぶん家事手伝ってくれるじゃない。前よりも睡眠時間かなり確保出来てるわよ」
「嘘ばっかり。この前立ちくらみしてたのだって知ってるよ。大丈夫、大丈夫、って……全然大丈夫じゃないじゃない」
今度こそお母さんはしまった、という顔をした。きっと陽奈ちゃんには隠せていると思っていたんだろう。自分の体に鞭を打ってだましだましやっていても、周りからは見えるものだ。
ふと、神官長様の姿が思い出される。あの方も、自分を犠牲にして無理を続けるタイプだった。
ああいう人は弱音を吐かない。それに、自分では本当に大丈夫だと思っていたりもするんだ。でも、自覚がなくても疲労はしっかりと蓄積している。周囲が無理にでも休ませないと倒れるまで頑張ってしまうんだろう。
あたしは一気に娘さんを応援する気持ちになった。
いや、大学に行くかどうかは別問題だけど、とりあえずこの頑張りすぎそうなお母さんを少し休ませたいという気持ちには全力で賛成したい。
「ねぇ、ママばっかりそんなに働かなくたっていいんだよ。あたしだって、働ける……!」
「陽奈……陽奈ったらそんなこと考えていたのねぇ」
愛しそうに、お母さんの手のひらがやんわりと陽奈ちゃんの髪を撫でる。
「陽奈が天使のまま育ってくれてて、ママ嬉しい」
「もう! すぐちゃかすんだから。私は真剣に言ってるんだよ」
「うん、分かってる。でも、だからこそ陽奈には大学に行って欲しいかなぁ」
お店に入ってきた時の険悪な雰囲気はどこへやら、二人はとても仲よさげに言葉を交わしている。どう決着がつくにしろ、決して悪い結果にはならないだろう。
あたしはカウンターの中で、こっそりと彼女たちの幸せな未来を願った。




