溶けたチョコレート
しかもいちごとミルクの二層になった可愛らしいチョコだ。確かにこの店にもあるにはある。パフェとかのトッピングに使うこともあるし、なにより私自身がチョコレート大好きだし。
でもなぁ、今あのテーブルに持って行くのハードルが高過ぎるでしょ。
だって、ついさっきお母さんは甘いのがキライで、娘さんはダイエット中だって聞いたばっかりじゃない。そこにわざわざチョコレートを持って行くのっていくらなんでもツライ。嫌がらせかよって感じだもん。
しかも娘さんがパフェを食べ始めたせいか、二人はまたおし黙ったまま時を過ごしていた。お母さんも手持ち無沙汰だろうに、娘さんから少し視線を外したまま、その席からは遠くて見えにくいはずの窓の外を見ている。
それが二人の気持ちの距離感にも見えて、ちょっと切ない。
娘さんが無言のままパフェを食べ終わろうとする頃、私は思い切って頼まれてもいない新たなコーヒーを持って二人の席に近づいた。
「あの、コーヒー、お取り替えしますね」
「えっ」
もうこれしか思いつかなかった。お母さんの手元にあるコーヒーはさほど減りもしないまま、完全に冷えてしまっている。美味しいコーヒーを味わって貰うために取り替えているんだろうと思って貰えれば、それでいい。
「あ、チョコレート。可愛い」
娘さんが気づいてくれた。そう、コーヒー皿の上にまるで角砂糖みたいに、可愛らしいチョコレートをのっけてみたのだ。各テーブルにもシュガーは置いてあるから、別に困ることもないだろう。
「陽奈、食べる?」
「いらない。これ以上食べたらあとで絶対後悔するもん。ママが食べればいいじゃん、そのチョコは好きなんでしょ?」
「……そうね」
「他のチョコは食べないくせに、ヘンなの」
娘さんが唇を尖らせてそう言うと、お母さんはフフッと笑み崩れた。うわ、目尻に柔らかな笑いじわが浮かんで、すごく優しい笑顔だ。
「な、なに? どうしたの?」
「思い出してた。これ食べるとね、元気が出るのよ。なんでだか覚えてる?」
「分かるわけないし」
「可愛くないなぁ、あの頃はあんなに可愛かったのに」
からかうように言うお母さんに、娘さんはムッとした表情を崩さない。「悪かったわね、可愛くなくて」って言葉が表情から読み取れるみたい。プイと顔を背ける拗ねたような仕草がなぜか可愛かった。
お母さんは、そんな彼女をとてもとても愛しそうに見つめている。
「昔ね、陽奈がくれたのよ、このチョコレート。しかもドロッドロに溶けたヤツ」
「えっ!? し、しらないよ、そんなの」




