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第26話 ランディー・“ダガー”・ジェイソン(投)

「やっかいなのはこのふたりね」


 気を取り直したジョーが英語で書かれたオーダー表を黒板に張り、カタカナで名前を記していく。


「まずピッチャーのランディー・“ダガー”・ジェイソン、通称ダガーJ。野球の実力に関しては、大学時代にメジャーからのスカウトも来てたってほどの実力よ。長身サウスポーでコントロールはよくないけどとにかく球が速い。でも短期ですぐ頭に血が上る性格だから、つけいるスキはあるわね。好きな女性のタイプはグラマーで赤毛の」


「ちょちょジョー、おまえなんでそこまで知ってるんだ」俺はあわてて割って入る。詳しすぎだろ。


 が、ジョーはなんでもないというふうに答える。


「当たり前よ、ダガーJと私は大学の同級生だったんだもの。当時からいけすかないやつだったけどね」


 苦虫を噛み潰したような表情のジョー。こいつが飛び級で大学を卒業したということをすっかり忘れていた。


 俺はベンチから相手の背番号1を眺める。屈強なアメリカチームのなかでも一際デカい。GIカットの金髪が眩しいナイスガイ。しかし俺たちはその面の裏側に隠された本性を知っている。


 俺は相手ベンチを睨みつけたが、


「でも、本当に厄介なのはこっち」


 ジョーがコツコツと指でオーダー表を叩いた。


「――アレックス・バーンバスター」俺がその名を読み上げる。


「南米の独立リーグで2年間プレーしていたバリバリの職業野球選手(プロフェッショナル)よ。ケガで選手生活を断たれて軍入りしたけど、順調にいけばメジャーも狙えるかもっていわれてたぐらいだから」


「アレックスは3番・キャッチャーか」


 俺はオーダーを睨んだ。4番ではなく、3番に最強打者が座るのが今も昔もアメリカ式だ。ということは彼が守りの要にして、打線の核。こいつを抑えないと俺たちの勝利はないということだ。


「あとは、空軍の野球好きを集めた単なるアマチュア集団よ。打撃はともかく、守備のほうは素人レベル。転がせば何か起こるわ」


 俺はGHQ支部で見た、休み時間に野球に興じる兵士たちの姿を思い出した。


「転がせることができれば……だがな。とにかくバッテリーが曲者ってわけか」


「ザッツライト」


 俺たちナインはベンチから身を乗り出し、守備練習をするジャガーズの面々を眺めた。マウンドには長身サウスポー・ダガーJ。そしてホームを守るのは、ダガーJを凌ぐ巨漢、アレックス・バーンバスター。


「うお、でっけーな!」


 すらりとした長身のダガーJに対し、アレックスは岩石のような筋肉が隆起した巨漢だ。野球選手というよりはプロレスラーのほうがしっくりきそうだ。


 ヒュー、と口笛を吹いた冥子がつぶやく。「熊みてえだ」


 アレックスは浅黒い肌に濡れたような黒髪。ヒスパニックだろうか。時折笑顔を見せながら投球練習を行なうダガーJとは対照的に、仏頂面で黙々とボールを受けつつ、一球ごとに鋭い指示を飛ばしている。


「ファースト、チャージが甘い! 牽制に気を取られるな!」


「プルヒッターのときはもっと詰めろ。そんなんじゃ三塁線を抜かれるぞ」


 アレックスの声を受け、ジャガーズ内野陣が次々とフォーメーションを組み替える。


「攻守にわたってヤツが要ってのは間違いなさそうだな。アマチュア集団をうまくまとめている」


「ええ」ジョーが答える。


 何の変哲もないゴロを一塁手が処理したとき、アレックスがマスクを取って大声を上げた。


「ダガーJ、ベースカバーをサボるんじゃない」


「おいおいアレックスちゃんよ、もっと気楽にいこうぜ? な?」


 苦言を呈しにマウンドまで駆け寄ったアレックスを、ダガーJは軽薄に笑っていなす。


「気楽にも何もないだろう。これは公式戦(オフィシャル)だ。それに軍の命令で俺は野球をしている。断じてレジャーなどではない」


「Heッ、怖いこと言うなよ! でかい図体してるくせに、タマが縮みあがってんじゃねえか?」


 軽口を叩きながらアレックスの股間に手を伸ばすダガーJ。きゃあーと悲鳴を上げ麗麗華が両手で顔を覆う。


 パシッ、と乾いた音を立ててアレックスがダガーJの左腕をはたいた。


「大事な利き腕をくだらんことに使うな」


「フン」


 白けちまったぜ、と背を向けガムを膨らますダガーJ。


「お前も空軍なんて辞めて、相手のお嬢ちゃんたちチームに交ぜてもらったほうがいいんじゃねえか? 俺は遠慮しとくがな!」


 ダガーJは高笑いしながらグラウンドにガムを吐き捨て、ひとりベンチへ帰っていった。


「投手さまのほうは相も変わらずお下品ね」と麗麗華。


「速いだけのピッチャーなら頑張って打つよ!」とつるちゃん。


「……とにかくあのデカ熊野郎とクソガム野郎が、敵のホンマルってわけだな」


 冥子が左手のバンテージを巻き直しながら呟いた。

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