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第19話 vsネイビー

 GHQ本部を後にした俺は、夕闇の中をひとり歩いていた。


(タイム・マシン、か……)


 行きはジープで10分。帰りはなぜか送っていってくれなかったが、1時間もあれば工場までたどりつくだろう。この世界に来てしばらくがたち、俺もこちらにだいぶ順応してきた。


「その気になったらいつでも来てくれ、エージ・アオシマ」


 別れ際、ペニー少佐はそういって俺の手を握った。あの少佐がジョークを言うとは思えない。


(しかし、あのわけわかんない機械から当てられたビームを浴びないといけないっての気が引けるよな……)


 しかも、それで元の世界に戻れるという保証はないのだ。それに――


(あいつらに初勝利を届けるっていう約束も果たしてないし)


 先日の試合は冥子の乱闘によって没収試合となってしまった。俺は思案しながら舗装されていない道路を歩く。


「きゃあー!」


 遠くで響いた甲高い悲鳴に、思わず身が強張る。


「うわやっべ。俺も慣れてきちまったけど戦後だもんな。治安もいいわけじゃねえし、のんびりしてないで早く帰らないと……」


「きゃあー!」


 二度目の悲鳴にビビった俺が小走りになったとき。


「……この声は……!?」


 俺は足を止め、声がしたほうに駆けだした。


☆ ☆ ☆ 



「麗麗華!? みんな!?」


 俺の目に飛び込んできたのは、百合ケ丘ナイン。悲鳴の主は麗麗華だった。


「「エージ!」」涙目の双子が抱きついてきた。


「つるちゃん、かめちゃん!? どうしたんだ、みんな……」


「エージの帰りが遅いからってみんなで迎えいったら……」


 涙目でぐずるつるちゃん。視線の先には――


「なんだぁ?」


「おいおい、ボーイが出てきたぜ」


「白けちまったな、どっか行ってろよ」


 目の前には5、6人の外国人の姿。全員屈強な体を紺色の軍服に包んでいる。酒でも飲んでいるのか、皆一様に顔が赤い。


「GHQのヤツらか……」俺は歯噛みした。


「ちょっと尻触っただけじゃねえか、ステイツでは挨拶みたいなもんだぜ?」


「ハハハ! おいおい、嘘教えるんじゃねえよ」


 下卑た笑いを浮かべる兵士たち。ジリジリとこちらにゆっくりと近づいてくる。


「エージ――」渚が俺の袖をぎゅっとつかんだ。


 どうする。こちらは10人いるとはいえ、相手は兵士だ。俺は両手を広げナインの前に立ち塞がったが、これからどうすればいい? 俺が必死で思案していると――


「なんだテメェら!」


 真っ先に飛び出したのはもちろん百合ケ丘繊維の狂犬・不動冥子。止めるまもなく、バンテージを巻いた右拳を振り上げ兵士のひとりに踊りかかった。


「やめろ冥子!」虚しく響く俺の声。


「Oooops!!」不意を突かれた兵士が悲鳴を上げる。冥子は自分の二倍はあろうかという相手をあっという間に組み伏せ、バンテージを巻いた両拳でパウンドの嵐を叩き込む。


「ちょ、待て、待てって!」


「何が待てだ、あたしは犬じゃねぇ! 第一テメェらが先に手出してきたんだろうが!」


「放せこのクソ小娘!」


「このクソ野郎ども、女だからってナメてると承知し――――」


 冥子の罵声が突如やんだ。次の瞬間、馬乗りになっていた彼女がゆっくりとくず折れる。


「メーコっ!!!!」


 ジョーの悲鳴。


「なんてことを……!」


 背後から歩み寄った別の兵士が、右手に持ったヘルメットで思い切り冥子の後頭部を殴打したのだ。


「ヘヘッ、おもしれえ。イキがいい女だぜ!」


「嬢ちゃんは後でのお楽しみだ。ま、それまでHush‐a bye(ねんねしてな)


「ガッデム……俺の鼻折れてねえだろうな、これ」


 冥子に殴られた兵士がようやっと起き上がり、しかめっつらで鼻血をぬぐった。


「あんたたちッ……!」


 ジョーが叫んだ。ギリギリと歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきそうだ。冥子は地面に大の字になったまま微動だにしない。


「あんたたち、ネイビーね!? こんなことして恥ずかしいと思わないの!? それに背後から襲うなんて。兵士の風上にも置けないわ!」


「だれだあいつ? アメリカ人みたいだが」


 振り返った兵士がこちらを睨みつける。


「おまえ見たことねえのか? 復興部の“じゃじゃ馬娘(アンルーリー)”、ジョゼフィーン・トラックスラーじゃねえか」


「ああ、噂のブシドーかぶれだな」


 兵士のひとりがポケットから酒瓶を出して一気に煽った。


「ネイビーだって!?」


「GHQ所属、アメリカ海軍のことよ」相手から目線を切らず、ジョーが答えてくれる。


「ジョー、おまえ同じ軍属のくせにこいつら日本人をかばうっていうのか?」


「日本人だとかどうかとか関係ないわ。占領下とかそういうことも関係ない。私たちはなんのためにジャパンにいるの? こんな恥ずかしいことをするため?」


「御託はそこまでだ。飛び級大卒エリートのお嬢ちゃんは黙っててもらおうか」


 前に進み出た白人兵が両拳をボキボキいわせながら近づいてきた。でっぷりと太った肢体に剃り上げた頭。赤らんだ顔には卑しい笑みがはりついている。


「酒もねえ、ロクな女もいやしねえ。レジャーといえばチンケなガーリー・ベースボールだけだ」


 スキンヘッドは値踏みするように百合ケ丘ナインを見渡し舌なめずりをする。俺は思い出した。こいつは確か練習試合のとき、客席にいたアメリカ人兵士のはずだ。


「そうだな、今夜は――そこのお嬢ちゃんに相手してもらおうか」


 スキンヘッドが指さしたのは、頭にてぬぐいを巻いた剛力さらら。さららの片眉がぴくりと動いた。


「仲間の鼻を折ったペナルティも込みでな、こいつは高くつくぜ」


 震える双子や麗麗華をかばうさららに、スキンヘッドが大股で歩み寄る。


「や……やめろ!」


 思わず飛び出す俺。が、屈強な黒人兵に阻まれる。


「引っ込んでな、ボーイ!」


 丸太のような腕が腹に叩き込まれ、俺はなすすべなく膝を突いた。


「エージッ!!」


 うつむいたアゴにも蹴りが入り、視界が白く染まった。渚の悲鳴もすぐに霞んでいく。


「ぐ、は……」


「なんだこいつ、弱っちいじゃねえか」


 黒人兵が拍子抜けした、というふうに悪態をつく。


「ボーイ、俺たちあいにくソッチの趣味はないんだよ」


「カマ掘られたかったらほかを当たるんだな!」


 大の字になって動けない俺を、数人の兵士が編み上げブーツで代わる代わる蹴り上げる。全身が熱い。痛いかどうかもわからない。血に滲む視界で、下卑た笑いを浮かべさららたちに迫る兵士の姿が映った。


「さ、さらら……」


「Heッ、用があるのはこっちのお嬢ちゃん(キティ)たちなんだよ。待たせちまったな」


「そんなに震えなくても大丈夫さ! ゲイシャガールなら何人も相手にしてるんだぜ」


「エージ! ……まったくもう、あんた野球も下手ならケンカも弱いのね」


 焦ったようなさららの声。


「さらら……渚…………ジョー、みんな……すまない……」


 必死に立ち上がろうと地面に手をつこうとするが……ダメだ。まったく体が動かない。


「ん、サララっていうのか? オーケイ、ミス・サララ。大人しくしてりゃ悪いようには――」


 スキンヘッドがその太い腕でさららの襟をむんずとつかんだ。白い胸元があらわになる。もう見ていられない。これから起こることは想像もしたくなかった。


 俺が歯を食いしばった瞬間――


「せい!」


 気合一閃、スキンヘッドの巨体が宙に舞う。


 と思った次の瞬間、派手な音をたてて巨体が地面に叩きつけられた。


「ガアッ!?」


 相手の腕を脇に巻き込み、片足で手首・肘・肩関節を三点破壊しながら雪崩式に組み伏せる、豪快かつ華麗な変形オモプラータ。さららの周囲に土煙が舞う。


 スキンヘッドが彼女に触れたのと、彼が地面を舐めたのはほぼ同時だ。彼はいまだこの状況すら把握しきれていないだろう。


Dum Shit(ちきしょう)…………!!」


 まさに電光石火。柔よく剛を制す、流れるような合気。


「話の途中だったわね。大人しくしていれば……なんですって?」


 さららが表情を変えずに極めの角度を深くする。さららの数倍の巨躯を誇るスキンヘッドだが、全身を完全に封じられ微動だにできない。麗麗華が両耳を押さえ目をつぶった。


「Giii……Give Up…………!!」


 バキン、と鈍い音が響いたのを合図に、さららが技を解いた。スキンヘッドは這いつくばってさららから距離を取るのが精一杯で立ち上がることすらできない様子だ。かわいそうな彼は、今年いっぱいは自分で尻を拭くこともままならないだろう。


 ぱんぱん、と手を叩いて土を落としたさららがネイビーたちを睨めつけた。気圧された大男たちが数歩後ずさったとき……


「ヘイヘイヘイヘイ、お嬢ちゃん。そこまでだ」


 バチン、とチューインガムが割れる音がした。


不敵な笑みを浮かべ大股で歩いてきたのは、身長2mはあろうかという長身の白人兵。鮮やかな金髪に碧眼、整った顔立ちはハリウッド俳優を思わせるが、クチャクチャとガムを噛む音が耳障りだ。軍服の肩には勇ましいジャガーのワッペンが縫いつけられている。


「ンー、グレイト。いいもの見せてもらったぜ、さすが本場日本のカラテガールだな! ん、ジュージツっていうんだっけか?」


 大男は軽口を叩きながらゆっくりと拍手をしてみせる。緊迫した場にそぐわない、芝居がかった軽薄な口調。


「どっちでもないわ。これは合気よ」警戒を解かず、さららが静かに答える。


「ワオ、これがアイキドーか! まったくもってファンタスティック。東洋の神秘ってやつだな。お見事お見事」


「ダガーJ、ぼさっと見てないで助けてくれ!」先ほどさららに腕を折られたスキンヘッドが真っ赤な顔で叫んだ。


「黙れ」


 “ダガーJ”と呼ばれた巨漢はしかし、仲間の懇願を冷たい声音で一蹴。


「まったく、合衆国ステイツのとんだ恥さらしだぜ。かわいいかわいいガールズにいいようにされちまってよ」


 ダガーJがGIブーツを履いた左足を大きく振り上げ、傍らのスキンヘッドの腹に蹴りを入れる。


「ぐふぅ」


「おまえらは海軍(ネイビー)、俺たちは空軍(フライングジャガーズ)。本来なら助ける義理なんてないんだが……」


 ダガーJがゆっくりと左腕を掲げ――


「所属は違えど同じ軍属だからな。日本では“タスケアイ”って言うんだろ? こういうのをさ」


 パチン、と指を鳴らす。


 途端、物陰からバラバラと現れる人影。十数人のアメリカ兵がそこにはいた。 


「嘘でしょ……」臨戦態勢のさららが硬直した。


「カラテガール、さっきの手品でこいつらも相手にしてみるか? なあみんな、何人もつか賭け(ベット)しようぜ!」


 ダガーJが嗜虐的な笑みを浮かべ言い放つ。新たに現れた兵士たちから笑い声が上がった。


「もうやめて!!」


 飛びかかったジョーを、数人のネイビーたちが羽交い締めにする。


「いいか、ミス・トラックスラー? 今まで起こったことも、今から起こることも、おまえは何も見ていない」


 ダガーJがジョーの鼻先に顔を突きつけ、諭すように言った。


「これは俺たち軍人のレジャーなんだよ。ガキで女のおまえにはわからないと思うがな」


 このハゲも転んで腕折ったことにしておこう、とダガーJが横たわるスキンヘッドの手のひらをブーツで踏みにじった。


「――それとも、ジョーが俺たちの相手してくれるってのか!?」


「……ッ!」


 そいつは見ものだぜ、と兵士たちの間に爆笑が広がる。両手を押さえつけられたまま顔を真っ赤にさせるジョー。


「ジョーから手を放しなさい!」さららが再びダガーJに向けて拳を握る。


「来るなら……来なさいよ」が、その瞳がかすかに潤んでいるのを俺は見逃さなかった。


「ヘイ、あんまり無理すんな。声が震えてるぜ、カラテガール」


 挑発するように笑うダガーJ。蛇のような視線がさらら、ジョー、渚へと移っていく。


「キティたちも痛い思いはゴメンだろ? いい加減大人しく――」



 ――バーン!



 耳をつんざく爆音。その場にいた全員が硬直した。

 間を置いて、ダガーJがヘラヘラと笑いながら周りを見渡す。


「オイオイ勘弁しろよ、一体どこの臆病者(チキン)だ? 小娘相手に銃なんて抜きやがったら軍法会議モノ――」

「――――二度は言わねえ。ジョーから手を離しな」

「小娘……てめェ」


血走った目で発言の主を凝視するダガーJ。


「それ以上汚え口を開くんじゃねえ!」


 冥子の一喝。俺たちはもちろん、屈強な兵士たちも一歩も動けなかった。


「冥子、おまえ――」


 それもそのはず。目を覚ました不動冥子の手には黒光りする鉄塊――一丁の拳銃。銃口からはひと筋の煙が立ち上っている。


「ココココルト・ガバメント!?」


「本物じゃねえか!」


「どうしてこんな小娘が!?」


 俺は必死で記憶をたどる。アメリカ兵たちは知るよしもないだろうが、不動冥子はスリの天才。その実力は俺たちが身をもって経験している。手の中の拳銃も、先ほどもみ合った際に拝借したものだろう。


「これ以上、あたしらの仲間に手を出すってんなら――次は」


 冥子が八重歯を光らせながらゆっくりと大男たちを睨めつけた。


「ケツの穴ふたつにしてやるから覚悟しとけよ、クソ野郎ども」


「FUCK……!!」


 銃口を向けられたダガーJが忌々しそうにガムを吐き捨てる。


 しばらく冥子を睨みつけていたダガーJだったが、「放せ」というジェスチャーをすると踵を返し、空軍兵士とともに軍用ジープに向かい歩きだした。慌ててジョーを開放したネイビー、スキンヘッドが後に続く。


「今日のところは退こう。しかし――このままですむと思うなよ、“じゃじゃ馬娘(アンルーリー)”」


 捨て台詞を残し、轟音とともに軍用ジープは闇夜に消えていった。

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