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第18話 ブラッドリー・ペニー

「ハハハ、それで没収試合になったってわけか。メーコ・フドーはな、拘置所にいたときも“ゼロファイター”と呼ばれるぐらいの問題児だったのさ」


 漂うタバコの香り。俺は百合ケ丘繊維からジープで10分の、GHQ新東都支部にいた。元は区役所だか銀行だかを接収して造られたらしき堅牢な建物。中にはたくさんの欧米人が忙しく動き回っている。


 ここはその最上階。目の前には壮年の軍師、ペニー少佐。


「笑いごとじゃないですよ、少佐。なんてったって俺の監督としてのクビがかかった試合だったんすから」


 俺は出されたグラスの液体に口をつける。カラメルの香り、弾ける炭酸。久しぶりのコーラの味に俺は舌鼓を打った。


(コーラの味はこっちの世界も変わらないんだな……)


 あの後雪村工場長に飛びかかった冥子は、彼のくちひげをむしりとったところで両軍ナインに押さえつけられた。まだ本格的にボコボコにする前だったのが幸いし、なんとか没収試合ですんだというわけだ。


 今日はてっきりそのお叱りに呼びつけられたものだと早合点していたが、どうやらそうではないらしい。


「しかし、雪村繊維相手に勝つ寸前までいったそうじゃないか。ウチの軍からも試合観戦に行っていたものがおってね。ウチの軍でも休日には野球をたしなむ者が多いのだ。兵士のなかには元独立リーガーだっているのさ」


 少佐は笑顔で階下をしゃくった。隣接された広場では、数人の外国人兵士が軍服のまま白球を追いかけている。


「しかし没収試合だからスコアは0-9でウチの負けですけど」


「新加入のふたりも役に立っとるようだな。それにエージ、『セイバーメトリクス』とかいうおもしろい戦術を使うらしいじゃないか? なんでも統計学の一種らしいな」


 ジョーに聞いたよ、とほほえんだペニー少佐がパイプから煙を吐き出した。


「かれこれ30年前の話になるが――かくいう私も、カレッジでは経済学を専攻していてね。ジョーからかいつまんで聞いただけだが、統計学という観点からも実に興味深い。長打率と出塁率を合計して、バッターのステイタスを計るんだってな?」


「ええ、そうです。少佐も野球がお好きなんですね」


「ステイツの国民なら全員好きに決まってるさ」


 童心にかえったように饒舌な少佐を前に、俺は言葉を選びつつ答えた。


 ――目的が、わからない。まさかGHQの司令官が、野球談義のために俺を呼びつけたとは思えない。


 不審が表情に表れたのか、ペニー少佐はパイプをサイドデスクに置いて声音を変えた。


「エージ・アオシマ。そろそろ本題に入ろうか」


 ペニー少佐がサングラス越しに眼光を強めた。俺の身が強張る。


「――君の“パレット”を出してほしい」


「パレット?」


 予想外の質問に俺は拍子抜けした。パレットだって?


「なんのことっすか?」


「知らないとは言わせない――これだ」少佐が胸ポケットから、見慣れた黒い板――ただし、俺の世界では――を取り出してみせた。


「スマートフォン……!? 少佐、どうしてそれを……?」


 俺とは違う機種だが、それは確かにスマホだった。


「やはり知っているな。Smart Phone? フム、それが君たちの呼び名か。我々は単に“板”……“パレット”と呼んでいるよ」


 机に立てたスマホを、人さし指でくるくると回転してみせる少佐。


「コンピュータ、というものがある。我がステイツの最先端技術だ。数年前にペンシルバニア大学で開発されたものだ」


「…………」


「コンピュータは実にアメイジングだ。今まで数年がかりで数学者たちが額を突き合わし計算していたデータを、わずか一週間で解析してしまうのだからな。しかし、コンピュータはデカい。私も一度見たことがあるが、広大なワンフロアすべてを埋め尽くす代物だったよ。まるで象だな」


 少佐はゆっくりとサングラスを取った。頬のキズがあらわになる。何かに切り裂かれたようなひきつったキズ。おそらくは戦争中に負ったものだろう。今この世界が戦後まもないということを否が応でも実感させられる。


「しかしこのパレットを軍で解析したところ、驚くべき結果がでた。このチョコレートのような物体が、コンピュータ30000台分の処理能力を備えているという情報だ。にわかには信じられんが」


 少佐はスマホをポケットにしまい、「ついてこい」と顎をしゃくった。俺は飲みかけのコーラを置いて立ち上がる。溶けかけた氷がからん、と鳴った。


☆ ☆ ☆


「――これは」


 GHQ新東都支部、その地下4階。俺はガラスにはりついていた。


 眼下には、水の入っていないダムのような巨大な穴。真っ暗闇で底は見えないことから、想像につかない深さのようだ。その周囲を囲むように、幾台ものものものしい機械が作業音を上げている。


「少佐、これは――」


「ステイツの最新兵器、『ダークマター・レールガン』そのプロトタイプだ。大戦下に秘密裏に進められていた日独の兵器を、我々が接収し形にしたものだ」


「はあ」ダークマター・レールガン。俺のいた世界には存在しない兵器だ。聞き慣れない響きに俺はあいまいな返事をする。


「兵器にはあまり興味がないと見えるな、エージ・アオシマ。じゃあこう言い換えよう。あれは早い話が――タイム・マシンだ」


「おいおいマジか!?」


 俺は驚愕に目を見開いた。


「エージ。新東都の郊外に、暗黒街とよばれるスラム・シティがあることは知っているな?」


 無言でうなずく俺に、少佐は淡々と言葉を継ぐ。


「“パレット”はそこで発見されたものだ。初めて見つかったのはおよそ1年前。それから大体半年に1、2回のペースでパレット、およびそれに類する物が発見されている。パレットを所持した人間が見つかったのはエージ、君がおそらくは第1号だが」


 眼下の光景では、ぐるりと回りを囲む機械の作動音が一段と大きくなる。と、中心に向けて青い光が照射された。中心には2m四方ほどの巨大なコンクリート塊。


「ダークマター・レールガンは空間を捻じ曲げ、遠隔地から空間ごと削りとるという凶悪な兵器だ。もちろん大戦下は絵空事だった。日独の技術力をもってしても形にはできなかった。――それをプロトタイプまで一気に進めたのが、このパレットに積まれている中央集積回路なのさ」


 少佐は再びポケットからスマホを出して掲げてみせた。青いビームを浴びたコンクリート塊はあとかたもなく消失している。


「本国の科学者は『兵器の歴史を200年進めた』と驚いていたよ」


「で、あれがタイム・マシンってのは本当なんですか!?」


 俺は眼下を指さし声を上げた。


「便宜上そう呼んでいる。が、現段階ではどちらとも――言えないな」ペニー少佐はゆっくりと口ひげを撫ぜた。


「この『ダークマター・レールガン』を作動させると、こちらの世界の何かが消失する。その代わり、どこかの世界から何かが呼び寄せられる。その『呼び寄せられたモノ』がおよそこの時代にはそぐわないことから……」


「この世界と、俺の世界をつないでいるかもしれない、ってことか……」


 理解が早い、と少佐がほほえむ。


「我々のラボラトリーではそう結論づけている。それにしても、“この世界”というのは粋な表現だな」

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