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日露戦争その3





一九○四年 十月十五日




 バルチック艦隊は旅順に向けて、バルト海沿岸のリバウ軍港を出航した。ヨーロッパから太平洋までの大航海である。



 だが、日英同盟の影響で『太陽の沈まない帝国』と呼ばれたイギリス植民地の軍港を使用する事が出来ず、十分な補給を受けられなかった為、兵の士気が下がり、疲労が溜まっていった。これが後に日本海海戦の敗北の要因の一つとなった……



 その上、航海の途中で旅順陥落を聞いた為に、行き先を旅順からウラジオストクへと変更した。



 逆に日本海軍は、八月十日に黄海海戦で旅順艦隊とウラジオストク艦隊を撃破したことにより極東の制海権を獲得し、バルチック艦隊を迎え撃つ為に日々過酷な訓練を行った。


 この事で日本海軍は士気や練度が格段に向上し、何より大いに自信がついた。



 日本海軍ではいつでも来い!

という状態だったが、大本営はバルチック艦隊が、津軽海峡、対馬海峡、宗谷海峡のどの航路を取ってウラジオストクへと向かうのか迷っていたが

東郷司令長官は

「長く辛い航海を乗り越えてここまでやって来て、目と鼻の先に目的地があり、その前にいる敵は自分達より弱い。そんな時にいちいち迂回路をとってまで安全策は取らないでしょう」


と発言し、艦隊を東北方面に移動しなかった。それは、

「確信があるような感じだった」とある水兵は語っていた。



 その後、東郷の読みは当たっていた事が証明される。




 一九○五年 五月二十七日




連合艦隊所属の仮想巡洋艦の『信濃丸』が九州西部でバルチック艦隊に随伴している病院船の灯火を発見したのだ!これにより対馬海峡を通過する事が確定した。



 信濃丸は『敵艦ミユ』を意味するタ連送(タタタ)を打電し、巡洋艦の『和泉』と交代。その後和泉は七時間にも渡り、敵の位置や方向を報告し続けた。



 バルチック艦隊が発見された後、連合艦隊は全艦に出撃命令を下令した。この時に大本営に向けて有名な



『本日天気晴朗ナレドモ浪高シ』



と打電!




 連合艦隊は昼過ぎに全艦艇が集結しバルチック艦隊を視認すると戦闘旗を掲げ、戦闘開始を命令し




そして Z旗 の掲揚を指示した!



その意は

『皇国ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ』

である!!!!



これを見た連合艦隊水兵達の士気は最高潮を迎えた!!




 バルチック艦隊は針路を北東にとり、連合艦隊は針路を南西にとった。



 そしてすれ違う瞬間に敵前大回頭を開始、黄海海戦でも使用されたT字戦法であるが、その時よりも非常に危険であり艦を無防備にさらけ出す事になった。



 集中砲火を受けて中破した旗艦『三笠』を始めとする主力艦が回頭を終了すると、敵旗艦に対して一斉射を開始した。



 その後、敵旗艦に砲弾命中が相次いだ。訓練のたまものである。


 そのため、敵第一艦隊旗艦『スヴォーロフ』が沈没し敵は指揮系統が混乱したのか操艦が乱れた。



 この隙を連合艦隊は逃さなかった。一挙に畳み掛けたのだ。



 だが、連合艦隊も無傷では済まなかった。中破していた三笠がとうとう戦闘不能に陥り、総員退艦命令が下った。


 東郷長官は『日進』に移乗した。


 それでも連合艦隊は上村中将を中心に攻撃の手を緩めず砲撃した。



 もはやバルチック艦隊が連合艦隊に勝つ見込みは無くなり、針路を北と南東に向け、艦隊を分散した。生存率を上げる為である。



 北に針路をとった艦隊には巡洋艦や駆逐艦が向かい、南東にとった艦隊には戦艦が向った。



 巡洋艦部隊はその速力を生かしてすぐにバルチック艦隊に追いつき攻撃を開始し、半数以上を沈没させた後に白旗を上げて降伏した。



 戦艦部隊はすぐには追いつけず、ようやく砲撃しようとした時に敵艦隊が急に針路を北にとったのだ。



 その行動には驚き反応が遅れ、速力の早い駆逐艦は何隻か逃したが主力艦はほぼ撃沈破し、バルチック艦隊は降伏した。




連合艦隊の損失

戦艦『三笠』雷撃処分

駆逐艦三隻沈没


バルチック艦隊の損失

戦艦六隻 

他十隻等

(ウラジオストクに入港したのは駆逐艦四隻のみだった)




 海戦の後、敵味方関係なく漂流者の救出を行った。



ここでも日本は世界に武士道を見せつけた。


 自国が戦時体制の中、国民だって生活がままならないのに、十分な治療や食料を与えたのだ。


 東郷長官は救出され、入院していたバルチック艦隊の司令官のロジェストヴェンスキー大将に見舞いにいき彼は東郷に

「敗れた相手が閣下であったことが、私の最大の慰めです」と涙ながら述べたという。




 連合艦隊は日英同盟によって、イギリス製の新型射撃盤や最新型の三六式無線電信機などの最新の軍事技術を用いる事ができ、伊集院信管や下瀬火薬などの新兵器も使う事によりバルチック艦隊を撃破した。



 その上、第一艦隊参謀 秋山真之などの有能な参謀を用い、上層部もその意見をよく聞き組織全体が効率よく機能した。


 さらに、各艦隊司令官や艦長は各所に艦隊の特性に合った高い能力を持っている人がなっていた。



 このように、連合艦隊は新兵器を多数導入し、人材を適材適所に配置するなどして勝利を掴んだ。



 この事は連合艦隊にとって大きな戦訓を残す事になり、東郷長官は

「無線による情報伝達によって意思疎通が容易になり、今海戦の勝利はこれによる物が大きい」と言わしめ、特に電子技術に大きな関心を抱くことになる。


この日本海海戦の連合艦隊の勝利で予想が外れた列強諸国は驚愕した。



 ロシア国内では帝政に対する国民に不満が出て来ており、『血の日曜日事件』が起こっていた。



 日本国内も国力を使い果たしてこれ以上の継戦は不可能であり、遂にアメリカの仲介で終戦交渉を行った。



 一九○五年 九月五日

『ポーツマス条約』調印

日露戦争は終結した。


概要

・日本の朝鮮に於ける優越権を認める

・日露両軍は軍隊を満州から撤退させる

・ロシアは東清鉄道の内、旅順〜長春間の南満州支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する

・ロシアは関東州の租借権を日本へ譲渡する

・ロシアは沿海州とカムチャツカの漁業権を日本人に与える

・樺太と付属の島を日本に譲渡する(捕獲艦の無償譲渡が条件)


樺太の譲渡はニコライ二世が、日本の武士道精神に感銘を受けて捕獲艦と引き換えにすると譲歩した。




アジア植民地の人々は感激した。


 「同じアジア人の日本が強国を倒した!」


 これは、アジア各地に飛び火し独立運動など、様々な影響を及ぼした。



 国内では、賠償金の取れないポーツマス条約は締結するべきではないという声もあったが、

「負けるとロシアに属国のような扱いを受けてしまう」

「今よりもっと困窮した生活になってしまう」

「戦争は儲らず、悲しみしか生まない」

「戦争継続は日本を滅ぼすだけだ」と新聞社などが詳しい資料と一緒に掻き立てたために、『日比谷焼き討ち事件』は起きなかった。


 逆に

「日本の武士道」などが海外で取り上げられたことにより、国民は日本陸海軍に賛辞を送った。


 このことは、日本陸海軍がより人命尊重や武士道を重んじる事に繋がっていく。






 日本は日露戦争に勝利し、名実共に列強の仲間入りを果たし、数々の戦訓を手に入れた。




 これが、新たなる帝国の軌跡の一歩であった…





作者『やっと日露戦争が終わりました〜

まだまだこれからなんですけど…(汗)

朝鮮、第一次世界大戦、恐慌、満州、軍縮

いろいろあります。

それが終わり次第、主人公登場(本編開始!?なんじゃそりゃ(-_-#))です

まだまだ先は長いですけど…(汗)

ご意見ご感想をよろしくお願いしますm(_ _)m』

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