第十六話 結城の選択
東京・統合参謀本部
統合参謀本部という組織が作られた際、陸軍省、海軍省のどちらに本部を置くか議論がなされた事があった。だが、結局、有事にはそこに陸軍省も海軍省も据え置けるような大規模施設を建設し、そこを国防本部として使用することになった。
そんな国防本部の一室にて参謀委員会が召集され、日本軍のトップ達が極秘に話し合いを始めていた。
その広い部屋には、中央の大きな円卓に、壁には詳細なアジア・太平洋の地図といったものが置かれ、それぞれの席に、近衛首相、永田鉄山陸相、米内光政海相、東條英機参謀総長(石原莞爾にするという話もあったが、犬猿の仲である東條と一緒は嫌だとして石原は辞退した)、永野修身軍令部総長といった面々が座っていた。
「まず、結論から聞きましょう。我が国がアメリカと戦争をするとして、勝算は?」
口火を切ったのは近衛首相だった。
「勝つことは…出来ないでしょうな…」
腕を組み、神妙な面もちをしていた永田鉄山陸相が返答して、それに他の面々が頷く。永田他ここにいる面々はアメリカの力というものを十分理解していたのだ。
部屋は重苦しい雰囲気に包まれた。そして、口を開いたのはまた近衛首相だった。
「そうか……、ではアメリカに屈服するしかないのか…、誰か、いい案はないのかね?」
皆が目をつむるか、下に視線を向けているのを承知で辺りを見回す。だが、予想通り発言をする者は現れない。しかし、そんな中ただ一人、視線を近衛に向けた者がいた。
「…負けなければよいのですよ」
その発言をした人物に皆の視線が集まる。その視線の先にいるのは米内海相であった。
「負けなければよい、とは?」
今まで腕を組み考え込んでいた永野修身軍令部総長が、首だけを米内海相に向けて疑問を投げかける。
「言葉通りの意味だよ。負けさえしなければ勝つことが出来なくても、負けることはない。そう、守り、耐え、隙あらば攻める。我々にはこれしかない」
米内の発言は、この部屋にいる誰もが理解出来なかった。
「それでは、米内海相は具体的な案をお持ちで?」
近衛首相はわらにもすがる気持ちで米内に具体的な内容を話すように聞き返した。
「えぇ、まぁこれは、久しぶりに山本に会いに行った時に話して考えた事何ですけどね……」
この話し合いの後、日本は水面下にて米内、山本のある考えを骨組みに、部隊編成や艦隊編成に追われることになる。
十一月になると、アメリカと協調路線を展開していたイギリスも日本に対していちゃもんをつけるようになり、イギリス領にある日本商社や商船に強引な検閲を行い、日本人職員と暴行事件を起こすようにまでなった。このことに対し、イギリスは理不尽な謝罪を要求しこれもまた日本を追い込む要因となった。
そして、ハル・ノートに対する日本側の最終交渉再開案が提示された頃、横須賀の鎮守府に陸上げした連合艦隊司令部において山本連合艦隊司令長官はある提督を呼び、彼にある艦隊を預けて出撃するように命じた。その他にも、琉球や和泉を中心とした南洋方面攻略艦隊にも出撃を命じて、着々と負けない戦いをするため、対米戦の準備を開始した。
統合参謀本部
十一月に入ってからより一層肌寒くなってきた頃、統合参謀本部の作戦会議室において、近衛文麿総司令官が全日本軍を自分の指揮下に置くことを宣言した。
「アメリカが返答しない、という事を表明した以上、戦をするしかないようですね……」
軍のお偉方が集まっている、巨大な作戦会議室の中にある一室である総司令官室にて、近衛内閣の外務大臣である東郷茂徳がとても無念そうな顔をした。
「そうだな…だが、こうなってしまってはやるしかないだろう……終戦工作の際は、頼んだよ……」
近衛は、机の上に乱雑に置かれた資料をまとめる作業を中断して東郷を見つめる。
「はい…任せてください。………ただ問題はタイミングですね…」
この東郷の嘆きに、近衛は何も答えきれずにただ、手元の資料に目を再び向けるのだった……
横須賀・連合艦隊司令部
「結城特命参謀並びに橘参謀副官、到着いたしました!!」
開戦が決定的となった十一月、元横須賀鎮守府、現連合艦隊司令部の司令長官室に結城と美桜は呼び出された。
「おぉ、入りたまえ」
部屋から山本長官の声がしたのを確認すると二人はまた何をさせられるのかと、胸中不安になりながらも部屋に入っていく。
「失礼します」
部屋に入ると、山本長官の他に黒島亀人先任参謀が既に煙草に火を点けて傍らにたたずんでいた。
「ん?おぉ!結城君!!久しぶりじゃあないかっ!!」
黒島参謀は煙草をくわえたまま器用にニカッと白い歯を見せて右手を差しだし、左手を結城の肩に添える。煙草の煙が顔面近くに漂うため、内心結城は嫌だったが避けるわけにもいかず、そうですね、と頷き、差し出された手に自らの手を差し出す。
黒島参謀と結城は最近、仕事場が外と部屋の中に別れたり、地方に出向いたりと忙しかったので、久しぶりの再会となった。この再会を噛み締める時間はさほど与えられず、すぐさま山本長官は両者を自らの机まで来るように促した。
「感動の再会…というほどでもないが、少し時間がないのでそうゆうのは後にしてもらってもいいかね?」
山本長官の言葉に結城というか黒島参謀は、はぁ、と手で頭をかいて、煙草の火を近くにあった灰皿で消して話を聞く体勢になった。
「二人とも、知っているとは思うが、とうとう我が国はあの大国アメリカと戦争になるだろう。結果は…見ての通り、勝てるはずがない」
「や、山本長官…そんなことを言っては……」
美桜はすかさず口を挟んだが、すぐに山本長官の話は続きがあると悟り、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、すみませんと謝って、続きを促した。
「だが、負けるつもりはない!これは、売られた喧嘩だからな。そこでだ、黒島君や源田実中佐、それに真田局長とも話をしたりしたんだが、一つの共通点が浮かんできたんだ」
「共通点?」
結城はその共通点が全く思い浮かばず、美桜に目配せをするものの一向に視線が合わず、黒島参謀も横目で様子を伺うが全くこちらの事には目を向けていなかったので、結城は山本長官に答えを聞く。
「負けない戦、だよ」
「「負けない…戦」」
結城と美桜が二人同時に呟く。
「そうだ。その負けない戦をするため、米内海相とも話をしたら、上に掛け合ってくれたんだ。そしたら、統合参謀本部の方にも話が通っちゃってね」
「はぁ……それで…私達を呼んだのはその作戦の事で……?」
結城は今までの経験上、山本長官に呼び出されたときはろくなことがなかったので、今回ももしや、という予感が頭をよぎった。
「あぁ、そうだ。その作戦は簡単に二つ同時進行の作戦なんだが、君にはそのどちらかの作戦に参加させようと思ったのでね。黒島参謀には結城君達がどちらの作戦への参加を決めようが、旗艦まで付き添ってもらって、司令に話を通してもらう」
やはり…と結城は思ったのだが、満州の一件以来、心も体も十分成長した結城は両方の作戦の大まかな概要を聞いて、すぐさま一つの作戦への参加を志願する。
-------------
紺碧の海にメスを入れるかのごとく、大日本帝国が誇る世界最大の最強不沈戦艦大和を旗艦とした大艦隊が大海原を切り裂くようにひた走る。
太陽の日差しが非常に強く、大和の装甲で目玉焼きが焼けるんじゃないか、という錯覚に陥る。そんな中、結城は大和の甲板に美桜と一緒に海を眺めていた。
「よかったのか?陸にいなくて?」
「私はあんたの副官なんだし離れるわけにはいかないでしょ」
日差しが強い代わりに、大和によって切り裂かれた海の飛沫と風によって体感温度はそこまで強くはならなかったのが幸いだった。
「ありがとな、こんなわがままに付き合ってくれて……」
「別に、そんなして改まって言うことじゃないわよ」
だが、時たま波が甲板にまで及ぶこともあり、気を付けていないとずぶ濡れになる可能性がある。熱中症になるまえに艦内にひっこもるなんて、何か恥ずかしいものがある。
「うん……何か、あったらさ、俺が守るから」
「頼りにしてるわよ」
「あぁ、約束だ。……あと、これが最後かもしれないだろ?だから、言っておきたい事があるんだ……」
「なっ、なによ……」
「吐いても……うっぷ………いい??」
バチン!!
大和艦上にても、いつもと変わらない二人であった。
作者『予定ではあと二話で開戦いたします。
無理矢理話を進めたので途中、かなり簡略化をいたしました。ですので分かりにくい描写がありましたらコメントの方に書き込みをお願い致しますm(_ _)m
作戦の方は次話で明かします(笑)
まぁ気付かれてる方が多いでしょうけどね(汗)
それでは
』