第六話 夜の青天白日旗
ズルズルズルッ
「ん〜、やっぱ本場のラーメンは日本と違うな〜」
結城たちは今、南京市内の中華屋で昼飯を食べていた。
なぜ蒋介石に会っていないのかというと、忙しいので日が暮れてからの面会になったからだ。
「そうね。私は日本のラーメンの方が好きね…」
確かに、昨日関東総庁で決まった話しを急に、直接南京にいる蒋介石に伝えるなんて急すぎだ。
「だなぁ〜。ま、マズいって訳じゃないけどな」
そんな急な話しを、日が暮れてだが今日中に聞いてくれるなんて、それだけでも幸運だ。
「それじゃ、そろそろホテルに戻りましょうか」
蒋介石も満州の動向について気にかけていた、ということなのだろうか。
「ん?あぁ、そんじゃ会計頼むわ」
さて、結城達の昼飯も終了し美桜が会計をしている。
ちなみに、美桜は英語をマスターしており、韓国語、ドイツ語、中国語をほんの少しできるのだ。
さらに、結城は英語とドイツ語をマスターしている、なんとも秀才なお二人だ。
もちろん、並外れた努力の結果であり、結城は特殊部隊、美桜は参謀副官という秘書的な立場、といった特殊な環境の中で得た知識なのだ。
そんなこんなで会計を終えた美桜は結城を連立って南京の街へと繰り出す。
「ちょっ、宿に行くんじゃ…」
「ったく。観光しないでどうすんのよ…」
…一応断っておくが二人は軍人である。
――――――
日が暮れた南京の国民党本部には月明りに照らされた青天白日旗が翻っていた。
そんな党本部に結城達は感慨深い心境になりつつも、深呼吸して肺に新鮮な酸素を供給してから案内人兼通訳の人の後に続いた。
党本部に入ってみると西洋式の内装になっており、豪華なシャンデリアも飾られていた。
そんな、外とは全く違う世界の中、主席室と書かれた部屋の前まできた。
「ココに蒋介石主席がイラッシャイます。くれぐれもソソウのナイよう二」
片言の中国人が念をいれる。
「分かってますよ」
結城はそんな彼に微笑んで安心させると同時に自分も落ち着くようにした。
彼に発した言葉は自分に発した言葉だったのだ。
そりゃ、自分の手腕一つで国家の成立と思惑が変わってくるのだから当たり前だろう。
コンコン
通訳が部屋に入ったのに続き結城と美桜もその後に続いた。
これからの会話は全て日本語に翻訳して紹介しよう。
「関東軍から派遣されてきました、結城和也海軍少佐です」
「同じく、橘美桜参謀副官です」
同時に敬礼する二人。
そんな二人に背中を向けて窓から見える月を見ている人物こそ、中華民国主席の蒋介石である。
挨拶を聞いた後、蒋介石は月を見つめたまま、ふっ、と薄ら笑いを浮かべた。
「関東軍?確か関東軍は陸軍ではなかったのか?なぜ海軍のお二人が?」
そう言って蒋介石は二人の方に体を向けた。
「私は旅順に駐在していて、石原閣下から直接密名を受けて此所まで来ました」
事前に準備していた嘘を話す。
「ふむ。…石原から直接か…では本当に政府との関連は無いのだな?」
事前に石原中将から連絡がきていたのか、政府との関連性について疑問を呈した蒋介石は、高さが腰ぐらいの机の端を指先で叩きながら、一歩一歩近付いてきた。
「………」
事前に準備していた答えはあったのだが、結城はすぐに答えなかった。
「ちょっと、どうしたのよ?」
美桜が不安になったのか、小声で喋りかけた。
そんな美桜の声を聞いた瞬間、結城は口を開いた。
「無いといったら嘘になります。近衛総理も今回の件については知っておられます」
美桜は驚愕の目で結城を見つめることしか出来なかった。
「そうか…やはり関連が…、それで君達が話しに来た件は満州だったね?で、私にどうしろと?」
結城達の前まで来た蒋介石は手を後ろで組み、顎で結城に問い掛けた。
「はい。単刀直入に言わせてもらいます。満州の独立を認めてください」
美桜は落胆しているのか、額に手を当てている。
蒋介石もまた、薄ら笑いを浮かべ、後ろを振り向き机に置いてあった酒を飲む。
「もし、私が嫌だと言ったら君はどうするのかね?」
楽しむようにそう聞いた蒋介石は、酒の入ったコップを置く。
「私が、というより、蒋介石閣下がここを出ていくことになります」
ピシッと、確信を持ったその目は、まっすぐ蒋介石を貫いた。
「ほぅ?何故かね?」
その目を見たからか、蒋介石もまた結城に向き直り見つめ返す。
「はい。まず、混乱している満州にソ連がなだれ込みます。さらに、中国共産党と連携して北と西と南から一気に挟み撃ちをしてくるでしょう。そして閣下は殺されるか亡命する。これが、嫌だと言ったあなたの末路です」
「韓国がいるじゃないか?それに関東軍も」
「いえ、日韓両政府は満州にソ連が侵攻した場合、不可侵条約を結びます」
「勝ち目の無い戦はしない…か」
蒋介石はまた酒の入ったコップを持って、窓へと歩いていく。
「では、分かったと言ったら?」
一口酒を含む。
「はい。その時は、日韓両政府とも積極的に満州を支援し安定させます。さらに、国民党には航空機や戦車、小銃などの武器供給をより活発に行い共産勢力を叩いてもらう。これが、分かったと言ったあなたの未来です」
まっすぐ、蒋介石の目を見ながらそう断言した。
すると、蒋介石は肩を震わせた。
「クックックッ」
口元を手で押さえ、笑いを堪えているようだった。
美桜はとても心配そうな顔をして蒋介石を見た後、キッと結城を睨み付けた。
結城も、すまん、と目で合図を送った。
「はっー、君は面白いな!全く、君みたいなやつとは会ったことがない」
口元から手を離し、にこやかな顔で二人を見つめた。
「は、はぁ」
さっきまでの真剣な態度から全く逆の態度で応対する。
「君みたいな部下を、私も欲しかったな…」
結城は少し照れたのか、後ろ髪を掻き、美桜は驚きと納得が入り交じった顔をしていた。
そして、薄目で結城の事を伺っていた蒋介石だったが、一つ息を吐くとキリッと指導者の顔つきに戻り、口を開いた。
「話しを戻すが、満州の独立については………認めることにしよう。」
「ほんとで」
「だが!」
結城がもう一度確認しようと聞き返そうとした時、蒋介石の一声にそれは書き消された。
「我が国民党に対するより一層の支援と、後々の復興の援助を固く、約束してもらいたい。我々が勝たなければ、共産党は満州国など認めやしないだろうからな」
やはり、条件が付いてきた。
蒋介石もタダでは独立など認められるはずもなかったのだろう。
「はい。それは大丈夫です。美桜、鞄貸して」
何が入っているのか、美桜が持っていた鞄を貸してもらい、中をまさぐる。
そして、一枚の紙を取り出し、蒋介石に手渡した。
「これは、近衛総理からの電報です」
そこには、こう書かれていた。
ニホンハ、チュウカミンコクニタイスルシエンヲ、ヨリイッソウニカッパツニデキル
これは旅順に泊まったときに送られてきた電報で、石原中将が交渉材料にでもするようにとしたものだろうが、このように史実よりも優れた技術力のおかげで一日で大陸まで届けられるようになっていた。
「信じて…いいのだな、君の言葉を…?」
読み終わり、最後の一念を込めて問い掛ける。
「はい!」
その問いにまっすぐ、そしてはっきりと答えた。
「…分かった。信じよう」
そう言ってもらい、ようやく肩の荷が降りた二人だった。
窓の外では、風が止み、月が雲でうっすらと隠れ、ダランと旗先を下げた青天白日旗がポールに垂れ下がっていた。
しかし、そんな三人(通訳を入れて四人)に危険が迫ってきていることは誰も予想だにしていなかった………
作者『一応始めての危機です…
ていうより、忙しいです(汗)
やることが多すぎです
ですが、頑張ります!
この気合いを胸に
次回更新を月曜までにはしようと思います!では
ご意見ご感想お待ちしております
m(_ _)m』