第五話 激動の満州
グワーン
大連飛行場に一機のDC-3が降り立った。
この大連飛行場には日本陸海軍航空隊の九六式戦闘機等(史実より速度や航続距離は伸びている)、航空機がズラリとハンガーや滑走路に並んでいて、珍しい陸海軍協同基地になっていた。
さらに軍の飛行場ではあるが、隣にもう一つ小さな滑走路があり、急用で大連に来なくてはならない人などがいる場合、そこで民間機の離着陸を可能としたのだ。
もちろん、厳重なセキュリティをパスした人だけだが…
さて、DC-3からはゾロゾロと人が降りてくる。
「やっと着いたぁ」
そんな人の中に結城と美桜がいた。
「あんたのせいで疲れたわ…」
だが、二人とも肩を落として疲れた様子だ。
「いや、それは謝る。普通に忘れてた…」
結城は謝っているが美桜はもう怒っている様子はなく、もういいよと一言行って先に歩いていった。
「あ、ちょっと待てよ!」
そんな美桜を結城は小走りで追いかけていった。
――――――
二人は車に乗って旅順まで行き、関東総庁である建物にやってきた。
「私は和也の副官なんだから、石原長官に合うまでは私に任せてよね?」
建物に続く道を歩いていると、美桜は結城に不安そうに尋ねた。
「あぁ。任せるよ。てか、そんな心配することないんじゃないか?」
不安を拭いさるように優しくそう答えた。
「だって…副官らしいことまだしてないし、私だって優秀な所、見せたいじゃない?昔からあんたたちの背中ばっかし追いかけてたからさ…」
少し顔を落としながら歩く。
「なんだ。心配して損したぜ。」
「なっ!」
美桜が何かいようと口を開くがすぐに結城が遮った。
「お前が優秀なのは分かってるよ。じゃなきゃ俺の副官になれるわけないだろ?」
ニコッと笑顔を向けてそんなことを美桜に言った。
それを聞いて何か言ようとして口を閉じて美桜は微笑んだ。
「ありがと」
一言そう言って二人は建物に入っていった。
そして、美桜の主導で色々な手続きを終えて女性の事務官の案内で一つの扉の前にきた。
コンコン
「失礼します」
会議室と書かれた扉に結城と美桜は入った。
そこには、関東総庁の長官である石原莞爾中将、陸軍部部長の植田謙吉中将、関東軍参謀部の辻政信、警務部部長、民生部部長、財務課課長、庶務課課長など、関東州を治めるそうそうたるメンバーが揃っていたのだが…
ドンッ
「…んかに頭を下げねばならんのですか!?」
テーブルを叩いて立った辻が、上官である植田中将に怒鳴りちらしていた。
植田中将も辻に少し押され気味だったが、石原長官が割って入った。
「まぁまぁ、辻参謀。ほら見たまえ、客人が驚いているだろぅ」
「くっ…」
辻は入ってきた結城を睨み、海軍の階級章を見てから石原長官に顔を向けた。
「とにかく、私は反対です!」
そう言って辻は席に座った。
それから石原は辻から結城に視線を移して、皆に紹介をし始めた。
「おほんっ。え〜皆さん。いましがた来られたお二人は海軍の米内大臣と山本長官の意見を伝えにきた結城少佐と橘副官だ」
会議室にいる人達が全員海軍軍人という異端の者たちへ向いた。
「ご紹介に預かりました日本海軍所属の結城和也特命参謀、階級は少佐です」
そして敬礼。
「同じく日本海軍所属の橘美桜参謀副官です」
そして敬礼。
「そう固くならずに、もっと楽にしていいぞ?あと、わしが石原莞爾、ここの長官じゃ。ほら、席に座りなさい」
二人は促された席に座り、美桜が鞄の中から幾つかの書類を結城に手渡した。
「さて、面子も揃った所で我々陸軍、関東軍の意見を海軍の人達に話そうではないか」
石原長官はそう切り出し、植田中将に視線を移した。
植田中将は席を立って喋り始めた。
「え〜、満州での独立運動の活発化についてまず陸軍では、独立させてもよい、と永田大臣や東條参謀総長が発言した影響なのか独立容認が主流となっております。関東軍や財務課としても、満州全域に渡る独立守備隊の監視やソ蒙国境線や自治区内の警備等の負担が大幅の軽減になると見込み、独立容認は賛成できます。」
満州では、『満州事変』から十年以上経過しており安定してきた、というわけでも無くなっていた。
まず、満州事変以降に自治政府が発足して満州の政治や警備を任された。
しかし、蒋介石率いる中華民国は共産党との戦いに集中していたため満州を充分に警備、防衛する戦力を送ることはできなかった。
だからといって無防備にする訳にもいかず、満州軍閥の残党や馬賊を中心に独立守備隊を結成して、関東軍と一緒に警備、防衛を任すことになったのだが、元々馬賊出身が多い守備隊は各地で窃盗、強盗、殺人、強姦などの横暴が多くなり、関東軍による警戒も国外から国内に向けられるようになった。
さらに、隣国の韓国が驚異的な経済成長を遂げ、満州から韓国に脱出する者も出てきた。
だが、自治政府のお偉方は国民党から派遣されてきた者が中心に構成されており、守備隊の横暴に関心を向けず自分の利益にだけ目を向けるようになっていった。
そんな中、自治政府は敵になるとは考えにくい満韓国境に守備隊を派遣して脱満する人々を取り締まり、税収の減少を押さえようとしたのだ。
こんな自治政府や守備隊の横暴に満州の人々はついに怒りを爆発させた。
一九三七年三月一日に長春にて独立のためのデモが行われた。
後に『三・一独立運動』と呼ばれるこの運動を発端に、奉天、ハルピン、チチハル、遼陽などの各地で次々と独立運動が花開き、満州では独立の気運が相当高まっていった。
そうして、関東州としてもこれからの考えをまとめておこうとなったのだ。
一息付いてから、植田中将は続けた。
「しかし、我々が独立容認をしても中国との関係が悪化し独立もしない。という最悪のシナリオしかありません。ですから私個人の意見としてこちらから蒋介石に直接会って話し合い、独立を承認させようと言ったのです」
そこで植田中将は静かに席についた。
そこで、間髪を入れずに辻参謀が頭を赤くしながら怒鳴り始めた。
「だから、なぜ私たちが蒋介石にいちいち了承を得ないといけないのだと言っている!蒋介石に話さずとも、溥儀を担ぎ出して無理矢理独立させればいいのだ!」
「うっ…ですからそんなことをしたら中国との…」
少したじろいだが、反論しようとした植田中将だったがすぐに辻参謀に言い返された。
「だから、中国にご機嫌を取らずともよいと言っているのだ!結局内戦ばかりしている、日本より弱い国なのだからと!」
石原長官は植田中将と辻参謀の言い合いにやれやれと額に右手をあて、溜め息をついたあと、またなだめに入った。
「二人とも落ち着いて。植田さんや辻参謀の意見も分かる。だが辻参謀、君は中国が弱いと発言したが本当にそうかね?十億の人々による攻撃、さらにあの広大な大陸で我が軍が戦うことになったらナポレオンのロシア遠征の二の舞いになって泥沼になると思うのだがね」
石原長官はナポレオンを日本、ロシアを中国と例えて、焦土作戦を説明した。
「ぐっ…しかしっ」
辻参謀がまだ食い下がろうとしたがまた石原長官が割って入った。
「私は植田さんの意見に賛成する。今はアジアに敵を作るメリットはない。それに蒋介石が独立を承認してくれれば中国は満州を失い、将来的な中国の成長を抑える役目にもなるだろうからな」
石原長官は植田中将の意見に賛同する立場をとった。
「くっ、…分かりました。石原長官がそう言うのなら私も承認しましょう。しかし、私は蒋介石に頭など下げませんよ」
悔しそうに辻参謀はそう言った。
辻参謀が承認したのを皮きりに会議室内にいる人物は全員が賛成に回った。
「さて、これが陸軍、関東軍の意見なのだが、海軍はどうなのだね?」
石原長官は皆の意見がまとまった所でようやく結城に意見を求めた。
待ってましたとばかりに結城は席を立った。
「はい。海軍としても、独立の承認には賛成です。皆様の意見に対する反対は全くありません。さらに、近衛総理大臣も独立には賛成のようです。ただ、何かあったらちゃんと政府に報告するようにと」
話し終わり、席に着こうとした所で美桜がもう一枚書類を結城に手渡した。
「なっ!?」
渡された書類に目を通した結城は驚いて声を出してしまった。
「どうした?何かあったのかね?」
石原長官が心配そうに結城に尋ねた。
「いや、え〜っとですねぇ…山本長官からの追加の伝言です…」
少し引きつった顔で答える。
「何だね?」
「…何かありましたら、私をこき使って構わない、とのことです…」
そう言ってゆっくり席に着く。
それを聞いた会議室の面々は笑いに包まれた。
当たり前であろう、わざわざ満州までパシられに来たのだから。
「ハッハッハ!そうか!こき使って構わないか。山本長官も隅に置けんな。」
本当に愉快そうに笑う石原長官であった。
「コホンっ、ではこき使ってやろう」
石原長官は咳払いをした後、表情を戻して少し思案した後とんでもないことを切り出した。
「では、結城少佐。君には南京に飛んで貰って蒋介石を説得してもらおう」
完璧なパシりだった…
「関東総庁には適当な人物がいない。辻参謀は行かないと言っているし、植田さんは今の歳での旅はキツい、私がここから離れる訳にもいかず、ほら、山本長官の替わりである君しかおらんだろう?」
もっともな意見である、パシられに来た結城は反論できるはずもなく、またしても、はぁ、と相槌しか打てなかった。
「では、決まりだ。連絡は明日するとして今日は旅順の方に泊まるといい」
「では、解散!」
石原長官の号令でどんどん部屋を出ていく人々。
「頑張って」
「若いっていいねぇ〜」
「気をつけろ」
「任せたぞ」
いろんな人が哀れみか、励ましの言葉を結城にかけていく。
なんとも複雑な気分の中、結城は席を立った。
「行くぞ、美桜」
――――――
翌日、旅順に泊まった二人はまた関東総庁に来ていた。
「今から中国かぁ」
「昨日話したでしょ。私たちは山本長官の代わりに頑張ってるのよ?シャキッとしなさい」
「へぇ〜い」
「もうっ!」
こんなやりとりができるのも、二人が幼馴染みなのだからだろう。
超過密スケジュールの中、建物の中、そして二人は長官室に入っていった。
「きたか。では君達には南京に行ってもらう。軍用機を出そう。陸路では面倒が起こりそうだからな」
机に座り肘を立てて口の前で組んで喋っている。
「分かりました」
「それと、内地に連絡を入れた。総理も大臣たちも穏便に独立させることが出来るのなら我々の行動を容認すると。だが、あくまで関東軍の独断行動にしてくれ…ということだ」
「もし、国際社会にバレたら色々とややこしくなるからですか?」
「あぁ、そうだよ」
「はぁ、どうしてこうみんなは自分に面倒事を託すんでしょうかね?」
後ろ髪を掻きながら、ポツリと愚痴をこぼしてしまった。
「ふふっ、君の目じゃないのかね」
椅子にもたれかかり手を腹の上に組んだ。
「目?」
そのとき、美桜の口元が緩んだのが見えたのは石原だけであった。
「あぁ。君の目はまっすぐでいい目をしている。何かやってくれそうな、そんな目だ。君になら任せられる。そんな不思議な目だよ。君の目は」
「そうなんですか?自分では分かりませんが、もしそうならこれからも色々と厄介ごとを押しつけられそうですね」
苦笑いしながらそう答える。
「大丈夫。君ならやれるよ」
「はぁ」
「ハッハッハ!じゃあ頑張ってくれよ。結果は無線で国民政府から来るだろうが君達から直接話を聞きたいから、帰りにまたよってくれ」
そう言って、山本長官のように右手を差し出す。
「分かりました」
結城も微笑みながらその右手をとる。
その手を放してから敬礼をした。
「失礼しました」
「失礼しました」
二人は退出していった。
「頼んだぞ…」
石原長官は胸に秘めた希望を二人に託して送り出した…
二人は大連飛行場に向かう車の中で大連市内の様子を見ていた。
「ねぇ」
「ん?なんだ?」
「韓国みたいに忘れないでちゃんと見せなさいよ?」
「あぁ、それは大丈夫だ。軍用機だしな」
「まぁ、そうね…」
そこで一旦会話は途切れだが今度は結城が口を開いた。
「なぁ、俺の目ってそんなに綺麗か?」
美桜の目を見つめながらそう言う。
「えぇ、綺麗よ。とってもね。それに、涼介も同じような目だわ。だから、私はあなた達の背中を追いかけたのよ?」
「そ…そうか?なんか照れるな」
人差し指で頬をポリポリと掻く。
「私にとってはいまさらよ」
やれやれといった感じで溜め息をつく美桜だった。
作者『え〜と
補足ですが、艦艇や航空機の説明は後でやります(汗)
今の予定では満州を片付けてからですかね
あと総理大臣は近衛文麿、陸軍大臣は永田鉄山、海軍大臣は米内光政にしております
そしてもう一つ、韓国の話が飛んでいますが、これは番外編で書こうと思っているので悪しからず(笑)
では
ご意見ご感想お待ちしております
m(_ _)m』