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皆が心配しているだろうな。
黄金竜の子飼いだった騎士たちが、ふもとに食料や日用品を運んでくれていたのだけれど。
取りに行く途中で、沢に落ちてしまったのだ。
治るまで、連絡が取れない。
(何があっても、登ってこないでって言って来たけれど・・・)
その頃、ふもとの騎士たちのキャンプでは、激高した若い騎士を全員で説得しようとしていた。
「食料を取りに来ないなんて、何かあったに違いない!
野生の竜、それも手負いの竜のそばにいるんですよ!
絶対、何か危険なことが!」
「心配しているのは皆同じだ、ハリス。
だが、絶対に近づくなと言いおかれているだろう!」
「お館様にも、姫君ご自身にもだ!」
「初めから覚悟されて行かれたのだ」
「何が有ろうと、近づくなという主命だ!」
「皆同じ思いなのだ、ハリス。耐えるしかない!」
同じ思いだと?違う、断じて違う!
私ほど姫を思っている者はいない!
姫!どうかご無事で!
少女がちいさなナイフで果物の皮を剥くのを、竜は不思議そうに見ている。
人間の手の動きが不思議でならないらしい。
「そんな小さな指がよく器用に操れるものだな」
皮を剥いた一切れの果物をその指で受け取って口にしながら、竜は言った。
「人間は、道具を使う生き物。この手が必要なものすべてを作り出すんです」
少女は言う。
「家も、武器も、食べ物も。
でも。巨大な魔獣たちには、とてもかないません。
だから、竜王・・・」
「私は人を守ったりせんぞ」
また、断られてしまう。
それでも。あなたはここにいてくれる。
少女は微笑んだ。
「なんだ?」
「いいえ、ただ、あなたが人の形でいてくれるのが、うれしいの」
思ったままを、少女は口にした。
人の形になって、人を理解してくれれば、きっと。
「私に人の形を取らせたかったと?」
竜は顔を上げた。
「私を人型にしたくて、わざと怪我をしたのか?」
少女はびっくりして首を振る。
「いいえ、違うわ!」
金の眼が怒りの色を帯びて、ギラギラと輝きだす。
「黄金竜の裔だといったな。
奴と二人で仕組んで、私に人間の姿を取らせたのか?
私を罠にかけたのか?」
黄金竜との暮らしが長くて、つい、忘れてしまった事。
竜は、野生の獣なのだという事。
人に触れたことのない、人の生死など歯牙にもかけぬ、誇り高い野の生き物。
偽りを。何より嫌う。
溶けた金のような眼に捕らえられ、少女は身動きもできない。
気力がすべて失せ、意識も霞むような、獣の怒り。
「私が人の姿になれば、情が移ると思っていたのか!
お前が沢へ落ちたのも、怪我をしたのも、計略のうちか!」
「ちが・・・あれは。事故・・・!」
竜は手荒く少女の首筋を掴んで顔を上げさせた。
半身を引きずりあげられ、痛みに声を上げそうになって必死でこらえる。
(力の入れ方がまだわかっていないのよ・・・)
「人間になってほしかったんじゃない・・・ただ、人間を襲わないって、約束して・・・欲しくて・・・」
燃え上がる、竜の怒り。
「私を謀るな!」
荒々しく揺さぶられ、とうとう少女は泣き出した。
泣きながら、竜を見上げ、悟った。
(何よりも、人間になって欲しいと、願ったんだ、私・・・)
黄金竜とは全く違う、荒々しく、若く、美しい、野生の獣。
傍らで暮らし、話しかけながら、人間だったらどんな姿を取るのだろうと、いつしかそればかり考えていたのだ。
人間を襲わないと約束をさせなければならない、大事な使命も忘れて。




