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竜王に助けられて岩窟に戻りながら、少女は日にちを数える。
足を折ってから二十日。
ひと月以上、連絡を絶やしてしまったのだ。
山の中腹で待機していた騎士たちは、気が気ではなかったろう。
(もう、食べられちゃったと思っているかしら・・・)
でも、目的は果たせていない。
この竜が人の形でいてくれるのは、私が怪我をしたせい。
ロードリアスを、人間たちを、守るとは言ってくれないのだ。
私が山を下りれば、この竜は本来の身体に戻り、一時の気まぐれで人型になったことなど忘れてしまうだろう。
少女は竜を見つめる。
竜は少女に教えられて、塩を振って串に刺した河魚をたき火でじっくり炙ったものに、酸っぱいミレンの果実の汁を慎重に絞りかけている。
炒って甘みを増した木の実や、香草と塩で味付けした焼肉。初めて知る人間の味覚を面白がっているのだ。
少女が見つめているのを知って、竜は顔を上げ、楽しそうに笑う。
額に澄んだ水晶のような竜印を持つ、男性的な見事な容貌。
楽しげに笑う、きらめく黄金の瞳。
ずきり、と少女の胸が痛んだ。
愛しい、竜王。
この姿も、私がここにいる間だけなのだ。
「竜王、一つお願いがあるの」
山の中腹まで抱いて下ろしてもらった少女は、ささやかなたき火をおこし、持ってきた小さな塊を火にくべた。
兵士たちが使う、「狼煙の種」。
何色か決まった色の煙を上げる、合図の道具だ。
半時もすると、下の山道からざわざわと人の声がする。
竜がすっと林の中に離れていった。
「姫様!姫様!」
「おひいさま!」
騎士たちだけかと思ったら、ふうふういいながら真っ先に駆け寄ったのは、幼いころから少女の世話をしてきた、女官のレモン夫人だった。
「おひいさま!まあ、よくご無事で!」
「レモン夫人!あなたも待っていてくれたの?」
中年の小太りの夫人は、ぜいぜいと喘ぎながら両手を拡げて駆け寄ったが、はっと立ち止まって、口を押えた。その目にみるみる涙が盛り上がる。
「おひいさま!なんておいたわしいお姿に!」
「え?」
何のこだわりもない自然体で竜と暮らしていた少女は、人間の目に今の自分がどう映るか忘れていた。
はっとして、顔に手をやる。
竜が舐めてくれた傷は、あれほど深かったのに膿むこともなく、きれいに治っていた。
だが、やはり跡は残る。
差し出した手の、甲から肘まで伸びる、大きな跡。
まだ引きずっている右足。
腰まであった波打つ金髪は、梳るのが面倒なので、適当に切って二本のおさげにしてしまっている。
山出しの田舎の子のような姿だろう。
(鏡を置いておくべきだったわね)
苦笑する。
「姫様!」
「ご無事でしたか!」
騎士たちが少女を取り囲んだ。
「お嫁入り前のお嬢様が、こんな怪我をなさるなんて」
「姫君、もう十分です!」
「どうか城へお戻りください!」
群れの仲間の人間たちが騒ぎながら少女を取り囲み、口々に話しかけている。
人間とはずいぶん群れ意識の強い生き物だ。
「嫁入り前の娘」とはまだ交尾を経験していない雌の事か。
巣から出た若い雌が傷ついたので、これほど心配しているのだな。
取り囲む仲間たちに、少女はきっぱりと何か言っている。
年取った雌をなだめ、若い雄たちに命令を下す。
少女の方が、上位にあるのだ。
しばらく話し合っていたが、やがて人間たちは名残惜しそうに引き上げていく。
運んできた荷物を傍らに積み上げ、少女一人を、後に残して。
竜が林の中から姿を現すと、少女の顔がぱっと明るくなった。
微笑みながら両手を差し出してくる。
竜の胸が、温かくなった。
そうか、まだここに居たいというのか。
思いがけなく湧き上がる、大きな喜び。
竜は大きな手で慎重に少女を抱きあげる。
細い腕が、首に回る。
「岩窟に、帰りましょう」




