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竜は少女を抱きあげ、歩き出した。
怒りに顔をこわばらせ、一言も口をきかず、洞窟を出て山を下り始める。
「いや!」
少女は叫んだ。
「いや、いやよ!おろして!
私、ここにいる!やめて!帰さないで!」
竜は歩みを止めない。
小さな手で竜の肩を、胸を叩くが、逞しい身体は微動だにせず、心を固く閉ざし、泣き叫ぶ少女を締め出す。
急な下りにさしかかり、二本の足に慣れない竜がつまづいた。
抱きしめる腕に力が入り、少女は大声をあげた。
「痛いっ!痛いーっ!離してーっ!」
竜がぎょっとして足を踏み外す。
慣れぬ身体でバランスを崩し、とっさに少女を庇ったために、派手に尻餅をついた。
その胸を突き放し、少女が地面に転がる。
唸り声をあげて立ち上がった竜の前に、うずくまる少女。
小さな手で灌木の枝を握りしめている。
涙をぽろぽろ流し、叫ぶ。
「帰らない!帰らない!ここに置いて!」
怒った竜が、ぐいと少女を掴んで引きずり立たせた。
「きゃあっ!」
今度の悲鳴は本物だった。
灌木にしがみついて離さなかった少女は、引きはがした竜の力に、枯れ枝の先で頬をえぐられ、肘から手首まで深く引き裂かれたのだ。
吹き出す血に驚き、竜が手を放す。
傷を押さえて、少女がうずくまる。
なんとやわな身体なんだ!
力の加減がわからずに少女を傷つけてしまった事に苛立ち、竜はますます怒りを募らせる。
「傷つけずに帰してやろうとしたのに!
なぜ逆らう!崖から放り出されたいか!」
涙に濡れた眼で、少女は竜を見上げる。
黄金の髪を風に吹き乱し、怒りに震え、歯を剥きだして唸る丈高い姿。
目の前にある両手がひきつり、ゆっくりと開き、閉じられる。
人の姿をとっていても、凄まじい怒気が少女を恐怖で金縛りにする。
身震いするほど恐ろしく、そして美しかった。
(殺される)確信する。
一瞬で首の骨を折られ、谷に投げ捨てられる自分の姿が見えるようだ。
それで、すべては終わり。
些細な事だったと、竜王は私を忘れる。
(殺されても、いい)
この竜に殺されるなら。
死ぬのなら、もう、何も怖くない。
少女は痛む足を引きずり、竜のそばに這い寄り、その足に縋って見上げた。
「帰さないで。
ここに置いて。
・・・私、あなたが好きなの」
「人間の雌などと交尾する気はない」
少女の告白に、竜は冷たく見下ろして答えた。
少女は寂しそうに笑う。
「違うの。そんなことじゃないの。
いつもそばに居たい。
あなたを見ていたい。
あなたに触れてみたい。
それだけ・・・それを人間は、恋をしているって言うの。
私、あなたに恋をしたの。
人間の姿になったあなたに」
理解できぬ言葉を使われ、竜は戸惑って首を振った。
「ばかな。
この姿でも、私は竜だぞ」
少女は微笑んだ。
「あなたを愛しているわ・・・。
人間にとって、それはとっても大事な事。
愛しているなら、なんだってできるわ。
死んだ方がいいって言われれば、死ぬわ」
立ち上がり、ふわりと後ろへ下がった。
崖の上でのけぞった形になり、ふうっと後ろへ倒れる。
「ば・・・っ!」
竜があわてて少女の細い胴を掴んだ。
「ばかなっ!何をするっ!」
少女はにっこり笑う。
「私を食べちゃってもいいわ」
「一度助けた者を誰が喰うかっ!」




