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社会の多様性と同一性から国家主義を考えてみる(&小池都知事に関する憶測)

 ■どうしてイスラム社会は衰退したのか?

 

 少し前に、『図説 科学で読むイスラム文化 ハワード・R. ターナー 青土社』という本を読んだんです。かなり前からイスラム圏の文化について知りたいと思っていて、相応しい本をずっと探していたのですが、やっと見つけられました。

 イスラム社会についての本を探していたのは西洋や東アジアに比べて不足しているイスラム文化の知識を得たかったからでもあるのですが、イスラム社会にある特筆すべき歴史がある点が最も大きな理由です。

 実はイスラム社会は、12世紀~13世紀の頃までは西洋や東アジアなどよりもよっぽど進歩した先進国だったんです。ヨーロッパ社会はイスラム社会に憧れを抱いていましたし、ルネサンス以降、西洋社会で学問や技術が急速に発展をしたのは、イスラム社会で発展した学問や技術を吸収したから、という要因も大きいのですね。ところが、イスラム社会はある時から衰退をしてしまい、ヨーロッパ文明を追いかけるような状態になってしまいました。

 これを知っていた僕は、

 「どうしてイスラム社会は発展をし、またどうして衰退をしてしまったのだろう?」

 と、ずっと疑問に思っていたのです。言うまでもないかもしれませんが、イスラム社会は広大な規模を持っています。だから、これは大事件のはずなのですよ。大いに着目すべき点だと僕は思うのです。

 (“歴史”を学ぶメリットって説明が難しいのですが、分かり易いメリットに“実験の代用”になるってのがあります。人間社会に対して実験を行うのは非常に難しいですから、実際に起こった社会の出来事を調査して、その代わりとするのですね)

 で、期待通りに『図説 科学で読むイスラム文化』って本のお陰でようやくそれが分かりました。

 イスラム社会はかつては、非常に寛容な性質を持っていて、学問を学ぶことを奨励し、それが例え他社会のものであったとしても積極的に吸収し、かつそれを基に創意工夫を凝らして進歩させていました。結果として、イスラム社会は先進的になれたのです。

 ところがどっこい、これはイスラム教のある信念と相容れない行為でもありました。今でも一部の過激なイスラム原理主義者(と表現するのも適切ではない気がしますが)達が、「全ての真理はコーランの中に書かれてあるので、他の書物は読む必要がない」(でも、武器の知識は別)などと主張していたりしますが、他の文化から吸収した学問を認め、それを発展させる事は、下手すればイスラム教を否定しかねない事になるのです。危機感を抱いた彼らは、イスラム文化を守るために、やがて他の文化を拒絶するようになっていってしまいます。

 『図説 科学で読むイスラム文化』は、イスラム圏の文化に対して好意的な立場で書かれているので、非常に柔らかく表現されてありましたが、とにかく、つまりは排他的で多様性を拒否する姿勢が、イスラム社会の衰退を引き起こしてしまったという事です。

 キリスト教圏でも、これと似たような“宗教と学問の対立”は観られましたが、「全ての真理は聖書の中に書かれてある」なんて発想は持っていませんでしたし(自然哲学には“神の定めたルールを探求する”という目的がありましたが、これは聖書には真理が書かれていないからこそ成り立ったものでしょう)、学問を宗教から(完全ではないにしろ)分離させることで同様の問題を回避できました。

 因みに日本は、自然法則がどうなっていようが特に気にしない文化を持っているので(神道にはそもそも教義がないですし、仏教は自然法則を重視しません)、それほどの抵抗もなく自然科学を受け入れてしまいました。まぁ、もっとも学問に限らず、日本は他社会の文化を吸収する能力には秀でているのですがね。

 

 これはイスラム文化の社会に限りませんが、他の文化を受け入れ、多様性を高めた方が様々なアイデアを得られる為、社会の発展にとって有利になります。がしかし、そうして他の文化を受け入れ過ぎてしまうと、社会の同一性が危うくなってしまうのです。

 つまり、多様性と同一性の間で、社会は葛藤している、と言えるのですね。

 

 さて。そんな話を踏まえた上で、今度は生物の話をします。アルゼンチンアリって知っていますかね?

 

 ■アルゼンチンアリの繁殖力

 

 さっき、書籍名を書いたので、ここでも書いておきますが、この話は『アリの社会 小さな虫の大きな知恵 坂本 洋典、 村上 貴弘、 東 正剛 東海大学出版部』に載っていたものです。

 真社会性の動物って、進化論でも複雑系科学でも非常に面白い題材なので、アリについての本を以前から読んでみたいと思っていたのに、何故か近所の図書館に長い間ハチの本しか置いていなくて、ちょっと前にようやく読めたのですがね(って、こんなエピソードはどうでも良いか)。

 アルゼンチンアリ。

 このアリは、非常に厄介な生物として知られていて、“世界の侵略的外来種ワースト100”にも選定されています。この段階で既に分かるかもしれませんが、非常に繁殖力が強く、他の種を殲滅させてしまいます。

 じゃ、どうしてそれだけ繁殖力が強いのかと言うと、簡単に言ってしまえば、「同種間では戦争をしない」からなんです。

 普通のアリは、同種でも巣が違えば、互いに争って勝手に勢力を衰えさせてしまうのですが(早い話が自滅している)、このアルゼンチンアリは少しくらいの違いは気にせず互いに手を結び、巨大なコロニーを形成してしまうのだとか。

 人間社会っぽい言い方をすると、「普通のアリは“人種差別”を行うが、アルゼンチンアリは“人種差別”を行わない」って感じでしょうか。

 喧嘩し合っている者達と、協力し合っている者達が争えば、協力し合っている方が強いのは直感的にも理解できると思います。

 もっとも、アルゼンチンアリが優れている部分はそれだけじゃありません。他者を受け入れる事で遺伝的にも多様性に富み、そのお陰で病気にも強いそうです。遺伝子の種類がワンパターンだと、ある特定の病原菌に全て殺されてしまいますが、多様性に富んでいるとその病原菌に対して抵抗性のある性質が含まれている可能性が大きくなるので、結果として病気に対しての抵抗力が強くなるのですね。

 実は人間でもこれは同じ事が言えます。

 現人類には、なんとネアンデルタール人の血が混ざっている(他にも、デニソワ人の血も混ざっているのだとか)のですが、そのお陰で病気に対する耐性が強くなっているらしいのです。

 一応、追記しておくと、先に挙げた本の中には、遺伝子多様性のメリットとして耐病性くらいしか書かれていませんでしたが(記憶違いだったなら、ごめんなさい)。多様性は耐病性だけに好影響を与える訳じゃありません。様々な環境への対応力にも力を発揮します。

 

 さて。

 ここで少し疑問を覚えませんかね?

 生物ってのは“生き残る”為に進化をしています。で、多様性があった方が強い、つまり生き残りに有利になるっていうのなら、もっと多くの種で多様性を受け入れる、或いは促す方向で進化しても良さそうなものです。ところが実際はそんな事はないのですね。確かに性別によって多様性を生み出してはいますが、排他的な性質はやっぱりあったり、それどころか、それに抗うように植物には自家受粉しか行わないもの、つまり異なった遺伝子を拒絶する種が存在しますし、動物にもほぼ単為生殖しか行わない種が存在しています(因みに、アリにも単為生殖だけで繁殖している種がいるそうです)。アルゼンチンアリのようなケースはむしろ例外と言えるでしょう。

 何故なのでしょう?

 と、疑問を投げかけておいてアレですが、これは何も不思議な事じゃありません。だって、遺伝子は自らのコピーを残す為に進化するのですもの。他の種を受け入れ過ぎたなら、自分が自分ではなくなってしまう。同一性が崩れてしまう。それでは本末転倒ってものでしょう。

 だから、異なった存在を拒絶…… つまり、差別を行うのです。

 

 因みに、アリは体表面のワックスの匂いで同じ種かどうかを識別しているそうです。同じ巣の働きアリと兵隊アリは同じ遺伝子を持っているのに形状がかなり違っていますが、だから“差別”なんかは行われないのですね。匂いが同じだから。視覚が重要な人間の場合は“見た目”を基準にして“差別”を行うことが多いですが、嗅覚が重要なアリの場合は、“匂い”を基準にして“差別”を行っているってことです。

 ちょっと面白いですね。

 

 さて。

 以上の話はアリの話だった訳ですが、これ、人間社会にもそのまま同じ事が言えるとは思いませんか?

 まぁ、既に“イスラム社会の衰退”の話をしちゃっているのでちゃんと読んでくれてさえいれば、直ぐに分かるとは思いますが。

 

 ■ダイバーシティ(多様性)が重要なんだそうです

 

 職場の若手から、「多様性が重要なんですよ、多様性が。ダイバーシティです」とか、そんな事を言われて、少しイラッ!と来た経験のある僕ですが(無理もないと、自分では思っています)、ずっと前から多様性は重要だと思っていました。

 再び“歴史”を持ち出しますが、歴史的事実を踏まえれば、多様性がある方が有利というのは明らかだからです。

 多くの人間社会はある時期から、“多文化主義”や“文化相対主義”を採用し、差別を否定し、可能な限り異なった人種も異なった民族も異なった文化も受け入れようという理想を掲げるようになりました。そして、そういった理想を掲げる社会は、進化発展し先進国となっています。反対に、多様性を否定している排他的な社会は後進国となっています。

 これはアルゼンチンアリで説明した通り、多様性を享受する社会が「互いに戦争をせず・協力し合っているから」でもあるのですが、それだけじゃありません。先にちょっと書きましたが、多様性があった方がアイデアを得やすくなるので、より有利になるって面もあるのです(遺伝子の多様性の話ととてもよく似ていますね)。

 机上の空論に思えますか? ところが、これもちゃんと調べている人達がいます。『ソーシャル物理学 アレックス・ペントランド 草思社』って本に、アイデア(イノベーションとも表現)が多い方が、企業は発展し易いという調査結果が載っています。

 (因みに中国の北京は、アイデアの流動性が悪い所為で、アイデアを有効活用し難い状況になっているそうです)

 つまりは、“多様性を持つ社会は強い”って事です。

 ならば、多様性を受け入れる方向に数多くの社会が向かうはずです。だって、その方が有利になるのですから。

 しかし、“イスラム社会の衰退”の事例で示したように、これも生物と同じでそんなに簡単にはいきません。同じ説明を繰り返しますが、多様性を受け入れ過ぎると、今度は“同一性”が危うくなるのですね。

 こういう事を考えると、生物の進化と人間社会の進化が似すぎていてビックリしちゃいませんか? まぁ、そんな事を言ったら「人間社会は生物である人間が作っているんだから当たり前だろ!」なんて言われちゃいそうですが、しかしそれは逆を言えば、こんな話でもあるんです。

 “生物の進化”という発想は、人間心理を考える上で役に立つ。

 

 ■進化心理学という分野

 

 「人間は生物で、ならばその心理のメカニズムは、生き残る上で有利になるように進化しているはずだ」

 はい。

 なーんて事を考えて、進化論的なアプローチから人間が持つ心理を考える分野があるのですが、それを“進化心理学”といいます。

 例えば、男性は子供を産む事にコストがあまりかからないので、できる限り遺伝子を多くばら撒いた方が、自分の遺伝子を多く残せる。だから、できる限り多くの女性とセックスしようとするはず。反対に女性は子供を産む事にコストがかかる。だから、男性に比べればセックスをする相手を慎重に選ぼうとするはず。

 なんて感じで考えるのですね。

 因みに、女性の方が男性よりも浮気し易いなんて話もありますが、これも「慎重に相手を選ぶ為に、多くの男性と付き合おうとするからだ」なんて説明が、進化心理学の観点から可能です。

 もっとも、進化論っていうのは実はそれほど厳密な思考方法ではないので、その点は気を付けなくちゃいけません。進化には無駄進化も無意味進化もあるのですね。

 

 僕はこの進化心理学の観点から、人間の“差別意識の強さ”を説明する事が可能だと考えています(今、ふと疑問に思って、ネットで検索してみたらやっぱり進化心理学で差別を説明しているページがヒットしました。なんか、不潔で身体が弱い人の方が差別意識が強いとか……。ほんまかいな)。

 まぁ、この話に繋げたかったので、散々、生物と人間社会の類似点について語って来たのですがね。

 自分達の遺伝子と完全に相容れない程に相手が異なった遺伝子を持っていると判断してしまった場合で、しかも競合関係にある場合は、その相手を否定した方が有利になりますから、そのような“異なった存在を差別する”性質を人間は、いえ、もっと広く動物は身に付けたのではないかという仮説が立てられるのです。

 もちろん、同じ人種(つまり、遺伝的にそれほど差異がないと思える人種)でも社会によって差別を行ったり行わなかったりするので、これだけで説明はできませんが、少なくともその源泉の一つではあるのではないかと。

 どれだけの差異を“同じ遺伝子”と人間が認識できるのかは分かりませんが、当然、その許容範囲が狭い人達は差別主義者になり易いでしょう。

 でもって、ですね。

 この“差別を行う”という心理は“縄張り”とも深い関係にあるのではないかと僕は思うのです。

 異なった遺伝子を持つ存在を、自分達の縄張りから追い出す。或いは、絶滅させてしまう。そうじゃなくても奴隷にする。もう少しマシだとしても支配する。色々とありますが、いずれにしろ相手を差別する事で、自分達の優位を示すのですね。そして、“縄張り”を拡大しようという意欲も高い。縄張りが広い方が生き残りに有利になりますから。もちろん、これは侵略行為に該当します。

 ここで先ほどまで説明してきた内容を思い出して欲しいのですが、こういった特性は“多様性を拒絶し、同一性に拘る性質が強い”と表現できます。その裏返しとして、排他的になるのですね。生物で言うのなら、同じ種でも巣が違えば互いに争い合って自滅していくアリ達のようなものです。

 そして、人間社会をよくよく観察すると、このような傾向を持つ人々がいる事に直ぐに気が付くのではないかとも思うのです。

 まぁ、この文章のタイトルから予想している人もいるのではないかと思いますが、そうです。“国家主義者”達ですね。

 

 ■自分達の社会を重視しているのに、その文化を軽視している人達

 

 先に述べた“排他的で縄張りに拘る”という特性は、飽くまで生物学的な性質から発生するものです。だから、大きく影響を受けるにしても(環境要因によって、その特性が活性化したりしなかったりするのじゃないかと思います)、それは本質的には社会や文化とは別物なのかもしれません。

 支配欲求が強い人間は、どんな社会にでもいるでしょう? その特性が発現してしまえば、だから行動が似通ってしまうのじゃないでしょうか?

 でもって、ですね。だから、このような傾向を持つ人達は、つまりは国家主義者達は、実は自国の文化を軽視している場合が少なくないのではないかとも思うのですよ。

 例えば、イスラム系テロ組織(いきなり国家主義じゃないですけども、まぁ、同じ枠組みに入る人達って事で)。

 よく言われる事ですが、本来、イスラム教はとても平和的な宗教です。他の文化を受け入れる寛容さだって持っています。当然、これらの特性はイスラム系テロ組織の行動と一致しません。イスラム教では自殺は禁止されているのに、自爆テロとかしていますからね、テロリスト達は(彼らの中では、自爆テロは自殺ではないのだそうですが、はっきり言って無理があります)。

 イスラム教を重視しているのなら、こんな行動は執らないでしょう。

 最近、アメリカでアメリカ第一主義を掲げているトランプ大統領が誕生しましたが、彼はアメリカを重視しているのに、何故かアメリカ文化とは相容れない反資本主義・反民主主義的な態度を執っています。民間にほぼ直接働きかけて、無理矢理に工場を国内に造らせるって、発想的には中国やなんかの統制経済と同じですよ。アメリカの信念に反しています。

 そして、この日本でもそんな事例があるのです。

 日本会議って政治団体を知っていますかね? 最近は少しずつ有名になってきましたが、自民党の黒幕とすら言われている政治団体です(ただし、自民党以外にも影響力はあるようですが)。

 

 ■与党自民党の黒幕であるとすら言わているのに、日本人にはあまり知られていない政治団体

 

 まず初めに断っておきます。

 日本会議という政治団体は、その実態を隠しています。テレビ番組で、この日本会議について詳しく説明しているのを見た事がありますか? 僕はありません。森友学園騒動の時に森友学園と関連している政治団体としてチラッと名前が出たのを見たくらいです(ただ、「日本会議 報道特集」で検索をかけてみたら、珍しく報道特集を組まれているものがありました。それで観てみましたが、やはり実態はほぼ何も分かりませんでした。もう一つ、討論番組も見つけました。こちらはかなり踏み込んで解説していて、宗教団体との関りもよく分かりましたが、視聴者数はかなり少ないみたいです)。

 だから、この政治団体がどんな性質を持っているのか、どんな行動を執っているのかは、一部の人達の言葉を信じるしかないのが現状です。そして、それら人々の言葉を完全に信じ切る根拠がない以上、憶測で語るしかありません。

 だから、これから僕が語る内容は、その程度のものという前提で読んでください。

 ただし、強調しておきますが、与党の黒幕で、政策(憲法改正も含む)に強い影響を与えているにも拘わらず、一般国民がその存在をあまり知らないってのは、どう考えても異常なので、それだけで“問題アリ”な団体だとは言えます。何にも問題がないのなら、さっさと情報をもっとオープンにしろって話ですよ。

 因みに、中国では普通にテレビ番組でその名前が出ているらしいです。これも森友学園騒動の時ですが、中国が“日本会議”という名前を出して、テレビでトップニュースで伝えていると記事になっていました。

 また、イギリスやフランス、アメリカなどでも日本会議は「危険な右翼系政治団体」として報じられています。

 恐らく、日本会議の認知度を調べたら、日本は他の国に負ける場合もあるのじゃないでしょうかね?(僕の知人も母親もその存在を知りませんでした)

 ね? こう聞くと、異常さが際立つでしょう?

 もう一度繰り返しますが、日本の与党の黒幕なのに、日本よりも他の国で有名なんですよ?

 ネットなんかでも日本会議の事を知らずに自民党を支持していて、その存在を聞くと狼狽えたり、怒りだしたり、「信用できない」と言い張ったりするケースがあるみたいです。ちょっとどうかと思います。

 もっとも、日本会議は自民党以外にも影響力を持っているので、“政党の問題”として捉えるべきじゃないとも思いますが。

 

 さて。

 とにかく、この日本会議という政治団体について説明を始めます。日本会議は右翼系の政治団体なのですが、どうやら、それだけではなく、カルト系の宗教団体の連合体という一側面があるようです。

 

 ■もし、宗教団体が政治に影響力を持ちたいなら

 

 はい。

 皆さん。もし、宗教団体の誰かが選挙に立候補していたら投票しますか? 僕はまずしません。だって、色々不安ですから。

 多分、多くの人が僕に同意をしてくれるのじゃないかと思いますが、だから、まぁ、宗教団体から立候補してもほとんどの場合は落選しているのです(公明党は例外)。

 かつては、あの“オウム真理教”も政界に進出しようとして失敗していますし、最近だって“幸福の科学”が立候補してやっぱり惨敗しています。

 そういうのを見て、大体の人は、「無謀な挑戦をよくやるなぁ」なんて思うのじゃないでしょうか?

 普通、無理ですよね。

 だから、もし宗教団体が政界に進出したいと思ったのなら、その正体を隠してこっそりと政党や政治家に近づくしかない訳です。実際、どこぞの宗教団体から「○○党に投票をお願いします」って感じで頼まれる事は多いらしいのですが、恐らく、日本会議はそうした宗教団体の一つで、最も成功した事例なのではないかと思われます。

 “カルト系宗教団体の連合体”って事は複数の宗教団体がそこに参加している訳ですが、一つでは力不足だと判断して、恐らく日本会議は「政界に影響を与えたいのなら、協力してくれない?」なんて感じで、様々な宗教団体を勧誘したのではないかと僕は予想しています(飽くまで、“僕の予想”です)。

 だから、まぁ、実はこの“カルト系宗教団体の連合体”には、「思想的な結びつきはない」なんて指摘もあります。この言葉を信じるのなら、力を貸した宗教団体に対して何らかのリターンを与えるという約束をしているのかもしれません(或いは、既に返している?)。これも僕の予想に過ぎませんが、もし予想通りならやっぱり問題のはずです。

 しかも、この日本会議には、韓国のカルト系宗教団体である統一教会との結びつきも指摘されています。与党の黒幕に位置する組織が、韓国の社会的に問題アリとされている宗教団体と結びているってのは、いくら何でもまずいですよね。何かリターンをするつもりだとすれば、何を返す気なのでしょう? この話がシャレにならないのは、この日本会議の主な活動が、なんと言っても「憲法改正」だからです(本当なら、“改正”とは書きたくないのですが。変更とかにしたい)。

 現憲法を「諸悪の根源」と呼び、異常な程に憎んでいて、有名なところでは“九条の改正”(自衛隊を軍隊として憲法上で認める)がありますが、もっと怖いものに“緊急事態条項”なんてのがあります。

 この“緊急事態条項”というのは、簡単に言ってしまえば内閣に対して凄まじい権限を与えて「独裁政権すら可能」にしてしまうものです(詳しくは、「日本会議 緊急事態条項 危険」で検索するとその問題点を解説したサイトがヒットするので参照してみてください)。これに“共謀罪”も併せると、恐怖政治だって容易になるでしょう。

 他の問題アリの内容には“家族条項”なんてものもあります。日本会議を調査しているジャーナリストの言葉を信じるのなら、もしこれが憲法に盛り込まれてしまったなら「浮気したら逮捕される」なんて事態にもなりかねないのだとか。

 ちょっと勘弁して欲しいですね(いえ、僕は別に浮気はしないですが)。

 実はこれでも僕はマイルドに表現しているくらいで、「流石、カルト系宗教団体!」って思うくらい日本会議の主張には「付いていけない」常軌を逸しているものが多々あります(民主主義を根本から否定していたり、夫婦別姓にすると家庭が壊れると言ったり)。早い話が、危険な思想を持っているんですね。

 イギリスやフランス、アメリカなどで日本会議は「危険な右翼系政治団体」として報じられているって前に書きましたが、それも納得できるのじゃないでしょうか?

 なのに、日本ではどうして報道されないのか……、それだけでとっても不安です。

 なんてところで、ここで話題を戻しましょう。この日本会議は、国家主義のはずなのに、何故か日本文化を軽視しているようなのです。

 

 ■日本文化とは相容れない原子力発電所を何故か推進する日本会議

 

 日本会議は原発を推進しているとも言われているのですが、実は、もし仮に古来より続く日本文化を重視していると言うのであれば、原子力発電所の推進はあり得ないなんです。

 何故なら、日本神道の特性は、“自然崇拝”で、特に稲作文化との関わりが深いとされているからです。例えば、新嘗祭や大嘗祭のような天皇も関わる重要な宗教儀式の本来の意味は収穫祭です。農地の環境を悪化させ、農作物を育てられないような土地にするものを穢れとし、それを祓う事こそが神道の社会における重要な役割の一つだったのですね。

 “野焼き”は神道の宗教儀式の一つですが、これには農作物に害を与える病害虫対策といった効果や、燃やした灰を農地の肥料にするという効果がありました。神道では森林を重視し、保護をする役割がありますが、これも農地を森林が守ってくれるからです。上流にある森林が、豊かな農地を人間社会に提供してくれるのですね。

 で、敢えて強調する必要はないかもしれませんが、原子力発電所は自然破壊の極とも言える存在です。しかも、一度放射能にその土地が汚染されてしまうと、かなり長期間、場合によって半永久的に農地としての利用ができなくなってしまう。これほどの最悪の“穢れ”を、神道が認めるはずがないんです。実際、神道の立場から原子力発電所に反対をしている人間もいます。

 しかし、神社の参拝にいく日本会議所属の政治家達はその原子力発電所を推進しているのですね。これはどう考えてもおかしいですよ。普通に考えるのなら、古来よりの神はもちろん合祀されている戦没者達をも侮蔑する行為でしょう。もちろん、そんな意図があるとは思えないので、政治家達は日本文化を知らないか或いは軽視しているかのどちらかって事になります。

 

 まぁ、日本会議が原発を推進しているのは、十中八九“核武装”の為だとは思いますがね。こんな人達に、核兵器なんて危ない物を与えたら絶対にまずいと僕は思うのですが、もしかしたら、国際的にもこれは問題視されているかもしれません…… 後でこの点についてはまた書きます。

 

 まだ、こんな話もあります。

 日本会議国会議員懇談会を創始した一人の森喜朗さんはかつて「日本は神の国」などと言って物議を醸した事がありました。つまり、神道に傾倒しているかのように思える発言をしたのですね。ところが、元首相の小渕恵三さんの葬儀の際の弔辞では「天国の小渕さん」という発言をしちゃったのです……

 “天国”という概念は神道にはなく、キリスト教のものです。仮に森さんが日本文化を重視し、神道を理解しているのであればこのような発言はしないでしょう。つまり、日本文化を軽視しているとしか思えないのですね。

 日本会議国会議員懇談会は日本会議を支援する超党派の議員によって構成される議員連盟です。その創始者の一人が、日本文化を軽視しているという事実は捨て置けないのじゃないでしょうか?

 

 ■母系社会という特徴のある日本で、女性差別を続けようとする日本会議

 

 日本会議は男女平等にも反対していて(安倍首相の“ウーマノミクス”を潰したのも、或いは日本会議かもしれません)、随分と昔から反対運動をしているようなのですが、実はこれも日本的じゃありません。

 知っている人は或いは少ないかもしれないかもしれませんが、実は日本という社会は古くは“母系”が非常に強いという特性があったのです。母系というのは、女性から女性へと血が受け継がれる家系を意味していて、当然、女性が戸主となります。

 “夜這い”という男性が女性の寝屋に通いセックスをするという卑猥と捉えられる場合が少なくない風習が日本にはかつてありましたが、この原型は“妻問婚”と呼ばれる女性を戸主とする婚姻の一形態だとされています。

 また、日本では女神が非常に重要な役割を担ってもいます。

 日本神道の最高神であるアマテラスオオミカミは女神と考えられていますし、日本神道が稲作文化と深く結びついているという事は前述しましたが、その稲の精霊が神格化されたものだとされるウカノミタマノミコトもまた女神です。しかも、日本神道の神々の系譜には母系と父系が混在してもいるらしいです。

 時代と共に徐々に父系が強くなっていきましたが、それでも“母系社会”という特性は世界でも珍しく、日本文化の特徴として捉えるべきものでしょう。

 日本がその事実を完全に忘れ、専業主婦を“理想”として採用したのは明治政府が家父長制を国家を形作る基本としてからです。しかも、この専業主婦という考えは、実は欧米の考えを和風にアレンジしたもので、日本由来ではありません。更に言うと、戦後に入り高度経済成長期を迎える前までは、ごく一部の富裕層を除けば、専業主婦は実現してはいませんでした

 早い話が、日本社会の歴史においては共働きが主流で、長らく女性を貴重な労働力として扱って来たのですね。

 専業主婦を日本の風習・伝統だと勘違いし、更にそれに拘る年配の人間達が多いのは、恐らく“高度経済成長”の時期に“専業主婦”が実現してしまい、彼らの記憶の中で分かち難く結びついてしまっているからではないでしょうか? その成功体験があまりにも強過ぎたのじゃないか、と思います。

 そして、実は日本会議も同様の勘違いをしているようなのです。専業主婦を日本文化だと考えているみたい。だから、先にの述べた通り、夫婦共働き・男女平等に反対をしているのでしょう(ただし、奇妙な事に日本会議自体は男女平等な組織らしいです)。

 一応、断っておきますが、今現在、日本社会は高齢化の影響で労働力不足が重大な社会問題になっています。だから、女性労働力の活用は絶対に必要なんですね。

 

 ■教育重視の伝統と実績のある日本で、教育を重視しない日本会議

 

 日本は古くから育児・教育の重要性を理解した文化を持った社会です。江戸時代には既に初等教育を行う寺子屋が普及していて、明治時代に入ってから日本は欧米の科学を瞬く間に吸収してしまうのですが、それはそれまでに教育によって合理的思考能力の下地ができていたからだとも言われています。禁止されていたにも拘わらず、他の国よりも早く地動説の意味を理解していたという話や、明治初期に既に世界レベルの化学研究を行っていたという話まであります。明治時代に福沢諭吉の“学問のすすめ”が広く受容されたのもそういった背景があったからこそでしょう。

 台湾やパラオ共和国といったかつて日本が植民地支配していた国が親日国として有名ですが、その一因には日本が行った教育インフラの整備があります(ただし、それが日本優位の教育だったという問題点は、当然ありますが)。反日として有名なあの韓国でさえ、子供の教育に関しては感謝する声がある程なんですよ(国に対してではなく、日本人教師個人に対して、というケースがほとんどなのじゃないかとは思いますが)。

 つまり、日本軍でさえ、育児・教育の重要性を認めていた事になります。

 ところが、ネット上の記事を信じる限りにおいては、日本会議は育児・教育を軽視しているとしか思えないのですね。もちろん、これは日本会議に敵意を向ける人達が故意に誇張している可能性もありますが、日本会議に所属している稲田防衛大臣は一度「子ども手当分を防衛費にそっくり回せば、軍事費の国際水準に近づく」という問題発言をした事があるのですよ。もちろん、その後、彼女はこの発言を撤回していますが、それ以前の日本会議に対する“育児軽視”の噂を考えると不安を抱かざるを得ません。

 現在の日本の養育費は非常に少ないです。確認してもらえば直ぐに分かりますが、高齢者への国の予算はかなりの割合を占めるのに対して、養育費は見つけるのが困難な程です。これは大変な問題です。日本の情報技術教育のレベルの低さは特に危機的状況下にあります。仕事で活用している人は身をもって体験していると思いますが、情報技術は効率を桁違いに向上させます。情報技術が劣っている所為で、これから先、日本の労働者の質は他の国々に比べ、著しく落ちてしまうかもしれません。

 2017年に入り、安倍首相は憲法改正案の一つとして、“大学までの教育費の無償化”を挙げましたが、これは憲法改正の協力を得る為に日本維新の会の案を取り入れたものと思われます。そもそも憲法改正を待たず、法律で制定すればこれは充分に実現が可能なので、何故憲法に拘る必要があるのか理屈も通りません。もし、本当に自民党…… 日本会議が大学までの教育の無償化が必要だと考えているのなら、法案を提示するはずですが、そんな気配もありません。

 因みに、日本会議大阪支部の運営委員を務めている籠池理事長が経営している森友学園法人は、塚本幼稚園で幼児虐待を行っていたという疑惑があります。

 

 ■生物学的な特性としての“縄張り本能”が強い方々……

 

 人間には動物の“縄張り本能”がある。これが強い人間もいるし強くない人間もいる。強い人間は、縄張りを護ろうとし、かつ、広げようとも考える。縄張り本能が強い人間達は、だから当然軍事力を重視する。

 仮にこのように想定してみます。

 これは予想に過ぎませんが、日本会議のような国家主義者達の言う“国家”の原型は、この“縄張り”なのではないでしょうか? 僕には彼らが縄張りに様々な社会的装飾が施されたものを“国家”とそう呼んでいるように思えるのですよ。

 国家主義者達は、「国家の為に国民は犠牲になるべき」と主張しますが、ではその“国家”とは何なのかと言えば、普通の定義では“国民そのもの”です。だから、彼らの「国家の為に国民は犠牲になるべき」って主張は自己矛盾を抱えています。

 しかし、“国家”を“縄張り”と読み替えるのなら、理屈が通るのですね。

 縄張り本能型人間…… と、仮に呼ばせてもらいますが、彼らは縄張り争いを重視する為、女、子供などの非戦闘員を軽視します。縄張りを重視する為、排他的で、縄張りの外の人間を認めようとしません。差別をします。排除をします。自分達が最も優秀だという妄想に酔ます。そして、社会の繁栄よりも、人々の暮らしが良くなる事よりも、縄張りを拡大させる事を優先させてしまう…… のではないでしょうか?

 人間が社会を誕生させ、それを高度に発達させていく過程で“縄張りの広さ”と、“豊かさ”は必ずしも直結しなくなりました。中国と日本の差を考えるのならこれは一目瞭然でしょう。中国の国土は広大ですが、日本の方が生活水準は上です。つまり、今の時代は既に縄張りを広げる事にはそれほど重大な意味はないのですね。ところが、動物的な本能はこれを理解してはいません。だから相変わらず、縄張りを拡大しようとします。

 僕は日本会議とは、そのような人間達なのではないかと考えています。

 そこには国家を自分自身に投影したような肥大したエゴイズムがあるかもしれません。戦闘を好む体質があるのかもしれません。しかし、それらはいずれも“縄張り重視”の本能に帰結するのではないでしょうか?

 (もっとも、日本会議限定で言うのなら、そこに宗教的な“信心”が入り込みもするのでしょうが)

 そう考えるのなら、彼らが時折見せる非合理性も説明できてしまえます。『暴力の解剖学 エイドリアン・レイン 紀伊國屋書店』という本によれば、戦闘を好む人間達は恐怖に対して鈍感なのだといいますが、その為、リスクを考えるのならば執るべきではないような行動も執ってしまうのじゃないでしょうか?

 彼らが、無茶な“量的緩和政策”なんて経済政策を実行してしまったのも、原子力発電所が戦争やテロの標的になるリスクを無視していられるのも、その一例だと思います。

 一応断っておきますが、このような特性は完全否定されるようなものではありません。例えば、爆弾処理班や消防隊など、立場と役割によっては役に立つ場合もあります。

 ですが、少なくとも国の中枢にいて、社会全体の方針を決定するような場所にこういったタイプの人間達はいてはいけないでしょう。社会全体を高いリスクにさらしてしまう危険性がありますから。

 

 国家主義的な方略は、実は非常に劣ったものでもあります。

 国家の為に国民を犠牲にする… まぁ、軍事力の為に国民を犠牲にするって行動を執るとどんどんと社会は疲弊していくからです。またまた歴史的事実を持ち出しますが、それで先進国になった国なんてないでしょう?  北朝鮮は、そんな国ですが、知っての通り貧困に苦しんでいます。基本的人権を認め、民主主義、資本主義を受け入れたからこそ日本社会は発展したんですよ。じゃなかったら、ここまでの経済大国にはなっていません。

 これは議論の余地のない歴史的事実です。

 ところが、日本会議の宗教的国家主義とでも表現するべき人達は、何故かそれを無視しちゃっているのですね。

 恐らくは、動物的な“縄張り本能”に突き動かされていて、それを優先させるあまり都合の悪い点は無視、或いは都合良く解釈してしまっているのではないでしょうか? 国家主義なのに、日本文化を軽視しているのもそれと同じでしょう。

 だから、多分、証拠を挙げて「あなた達は国家を衰退させようとしているのですよ」と言っても通じないと思います。

 例えば、原発推進にしたって、原発がコストがかかり過ぎる上に、国防上の弱点になるという大きなリスクを抱えているのは明らかなんです。

 あまり知られていない事実ですが、実は日本は単独では原子力発電所製造技術を有してはいません。だから、海外の原子力企業と協力をする必要があるのですが、近年に入り、その海外の原子力企業の経営状態が著しく悪化してしまっています(説明するまでもなく、これは原子力産業が採算性のない分野である事が原因です。まぁ、最もコストがかかるのはテロ対策なのですが)。その為、日本が原子力産業を維持する為には、そういった経営状態が悪化した海外の原子力企業を救済しなくてはならないのですが、その為には莫大なコストがかかるのです。

 東芝がアメリカの原子力会社ウェスチングハウス・エレクトリック(以下、WH)を買収し、そのWHの抱える負債の所為で倒産の危機に陥ってしまっていることはニュースでも大きく取り上げられたので読者もご存知だと思いますが、東芝程の大企業でも原子力のそのコストには耐え切れなかったのですね。

 断っておきますが、これはイニシャルコストだけの問題ではありません。原子力産業はランニングコストも膨大である上に、天文学的な規模にまで損失が及ぶ事故リスクが常に付き纏うのです。そんなものを国の産業にしようなどというのは馬鹿げた考えです。原発に拘っていたら、ただでさえ後退している経済が更に悪化しますよ。

 多分、彼らにとってみれば、戦前と同じ様に「国民負担なんて知ったこっちゃない」って感じなのでしょうが。

 

 まぁ、そういう部分も含めて、とっても宗教的だって思いますが。

 

 ■日本会議は国際的には問題になっていないのでしょうか?

 

 先にイギリス、フランス、アメリカなどで日本会議は「危険な右翼系政治団体」と表現されていると書きましたが、そこからも分かる通り、国際的にも彼らは問題視されているはずです。

 2016年度の世界報道自由度ランキングで、日本は72位という先進国では最低レベルの衝撃的な数字をもらってしまいましたが、2017年度も引き続いて同じ順位の低評価でした(そして、その事実も大きくは報道されていません。それ自体が、報道規制かもしれないとか、つい思っちゃいますよね……)。

 国連の人権理事会の特別報告者デービッド・ケイ氏もやはり「報道の自由」が脅かされていると警告を発しています。

 更に、国連やその関係者から「共謀罪」で、日本は勧告を受けています。国連特別報告者ケナタッチ氏から、「人権に有害」だという懸念を示した書簡が送られたのですね。日本政府はこれを「個人の見解」と説明しましたが、実はこれは嘘で、彼は確りと国連の資格で行動していた事が分かっています。

 その他、イギリスに本部のある国際組織「国際ペン」も日本の共謀罪に対して「人権や自由を脅かす」と反対表明をしています。

 国際的には「共謀罪があるのが当たり前」なんて説明を一部の人達がしていますが、もしそれが本当なら国際組織から批判があるはずがありません。ちょっとおかしいですよね。

 これらの指摘は日本会議が基本的人権を否定している点を踏まえるのなら当たり前です。それを目指しているのですから。絶対に口には出さないと思いますが、「そりゃ、そうだろう」って、日本会議に所属している議員達は思っているのじゃないでしょうか?

 こういった国際的な動きと、日本会議が無関係だとは僕には思えません。

 因みに、日本政府はこれら動きに対して、反発したり無視したりしています。なんか、本当に戦前っぽいって思いませんか?

 

 ……そして、ですね。

 恐らくは、この日本会議に対して、最も警戒しているのはアメリカなのじゃないかと僕は思っているのですよ。

 

 ■小池百合子の都知事選立候補

 

 前もって断っておきますが、これから示す内容は僕の“思い付き”に過ぎません。一度はフィクションとして投稿した程です。だから、それほど信用しないでください。

 「こんな事もあるかもしれない」

 くらいの認識でいて欲しいです。

 

 ――。

 

 2016年東京都知事選挙において、自民党に所属している元衆議院議員の小池百合子さんが見事に大差での当選を果たしました。つまり、多くの都民の支持を集めた訳ですが、彼女の都知事就任には立候補当初から波乱がありました。

 彼女は所属している自民党と半ば喧嘩に近い形で都知事選立候補を決めたのですね。彼女が立候補を発表した時「何の連絡も受けていない」と自民党幹部から苦言に近いコメントがあった上に、自民党は都知事として増田寛也さんを公式に推薦し、他の候補者を応援した場合は「除名などの処分対象になる」と自民党所属の国会議員に勧告を出しました。

 小池百合子さんが何故、このような強行な姿勢を執ってまで都知事選に臨んだのかは分かりません。しかし、最近ではあまり触れられなくなりましたが、そこに小泉元首相の存在があった点は無視できないでしょう。

 小泉元首相は2014年東京都知事選において「反原発」を掲げ、細川元首相を候補者に推薦し共に闘いました。結果は落選でしたが、2016年の都知事選において今度は小池百合子さんに何かしら働きかけを行い立候補を促したのではないかと言われているのです。

 ただ、こう書くとこんな反論を受けるかもしれません。

 小池百合子は「反原発」を掲げてはいないではないか?

 確かにその通りです。「反原発」を掲げていた小泉元首相の影響を小池都知事が受けていると言うのなら、同じ様に「反原発」を掲げていなくてはおかしいはずです。しかし、今現在(2017年6月)は少なくとも小池都知事が反原発に動いたという話は聞きません。

 ですが、事はそう単純ではないのですね。

 何故なら、「反原発」の先には「反核武装」があり、更にその先には「アメリカ合衆国」の存在があるのかもしれないからです。

 

 ■アメリカと小泉元首相と反原発と反核武装

 

 小泉元首相が反原発を訴え始めた当初、僕は大いに驚き、こんな疑問を覚えました。

 政界を引退した彼が、積極的に政策に関わろうというその動機は何処から発生しているのだろう?

 本気で日本社会の為を想い、リスクとコストがあまりにも大き過ぎる原子力発電所を捨てさせようとしている…… というロマンティックな考えも少しは抱きましたが、それよりも僕は小泉元首相が大変な親米家であることの方が気になりました。

 まだ首相を担っていた頃、小泉純一郎さんはアメリカに対して非常に友好的な態度を見せていたのです。ブッシュ大統領が訪日した際、彼を迎えるその態度は、まるで恋人に接しているかのようだったのをよく覚えています。恐らく、彼は親米家どころか“信”米家なのだと思います(一応、断っておきますが、馬鹿にしている訳ではありません。それも認められるべき信条の一つでしょう)。だから、もし仮にアメリカが小泉元首相に対して何かを求めたなら、恐らくは動くはずだろうと思えるのです。

 そして、僕がそんな疑いを持っていた頃、こんなニュースが流れました。

 『小泉元首相が、東日本大震災の際に被災地支援をして福島原発事故の所為で被爆したアメリカ兵に対する支援を日本に訴えた』

 小泉元首相は訪米し、原発事故被害に遭ったアメリカ兵達との会合を行ったのですね。しかも、彼はその会合の席で涙まで流していました(或いは、この涙は本当の涙だったのかもしれません)。

 もちろん、アメリカ兵達の被爆に原発事故を起こした東京電力及びに日本の責任がある事は言うまでもないです。東京電力が早く原発に関する正確な情報を公開していれば、アメリカ兵達は被爆していなかった疑いすらあるといいますから。

 ただし、それでもこれ程までの大がかりなニュースになるというのは少々疑問を覚えます。アメリカ国防総省は、アメリカ兵の被爆は極めて低線量と報告していますし。

 これは単なる憶測に過ぎませんが、この“被爆アメリカ兵支援の為の会合”は、小泉元首相の「反原発」を後押しする為に行われたものではないのでしょうか? もちろん、既に政界を引退している小泉元首相にアメリカが協力しているという線は考え難いでしょう。普通に考えるのなら、むしろ小泉元首相がアメリカに協力していると捉えるべきだと思います。早い話が、小泉元首相の「反原発」はアメリカの意向である可能性があると僕は考えているのです。

 当時の大統領だったオバマさんは反核兵器を強く訴え、アメリカが落とした原子爆弾の被爆地である広島を訪問しさえしました。アメリカでは原爆投下を“正しい選択”だったとする考えが主流で、アメリカ国民の感情を慮るのであれば、アメリカ大統領の被爆地訪問は非常に難しいとされていただけに、これは大きなサプライズでした。

 このアメリカの動きは言うまでもなく「反核」です。ところが、近年、日本の一部の政治家やその周辺の人間達の間で「核武装待望論」が盛んになって来ているのです。

 日本政府は何故か「原子力政策」に固執していますが、その理由として“原子力利権”や“電力会社の保護”の他にもこの“核武装”が挙げられています。原子力技術は核武装への応用が可能だからですね。

 アメリカにとって、いや、世界の様々な国々にとって、世界中に核兵器が広がっていくいわゆる“核の拡散”は大問題で、例えアメリカの親密な同盟国で、今現在は非常に平和な国である日本であったとしても核武装を認める訳にはいかないのは簡単に分かります。しかも、それだけではありません。日本において核武装を強く望んでいる人間達の中には、熱心な反米派もいるのです。

 アメリカを憎悪し、敵対したいと考えている人間達の中に核武装を望む者達がいる。これはどう考えてもアメリカからしてみれば無視できない事実でしょう。そして、そういった人間達が思想的に偏っていて、合理性が疑わしければ尚更です。

 

 ……まぁ、もちろん、その“思想的に偏っている人々”ってのが、日本会議なんですけどね。

 

 ■親米派と反米派

 

 今まで、一括りに“日本会議”と表現してきましたが、決して一枚岩という訳ではありません。彼らの中には親米派と反米派がいます。

 アメリカが、日本会議みたいな特性を持つ人間達が自分達に敵意を持っていると知ったなら問題にしない訳がありません。しかもその反米派の人間達は、核武装までしようとしているのです。北朝鮮は、アメリカにとってみればはっきり言って小さな国です。ところが、その小さな国が核武装を持ち出す事によって、巨大なアメリカを大いに困らせています。

 これが北朝鮮ではなく、日本だったなら、果たしてどうなるのでしょう?

 日本は言うまでもなく北朝鮮を遥かに超える経済規模を持っています。技術力も高い。国際的なルートも数多に持っています。しかも、膨大な額のアメリカ国債を買い、アメリカの財政を支えてもいます。もし、核武装をしてアメリカを脅し始めたなら、その脅威は北朝鮮の比ではありません。しかも、そこに中国の存在が加わるのです。

 中国の立場にとってみれば、最も勢力拡大に有効な策は日本と手を結んで、協力してアメリカに圧力をかける事でしょう。尖閣諸島は一時は諦め、南シナ海の制覇でアメリカに邪魔をしないよう日本と協力して働きかけるのですね。

 だから、もし仮に日米関係が悪化したなら、中国が日本に接近してくる可能性は充分にあると思うのです。日本ももしアメリカと敵対してしまったなら、身を護るためには中国と同盟関係を結ばざるを得なくなる為、これに応じる目は大いに考えられます。

 もちろん、これは逆もしかりで、日本がアメリカに対抗したいと思ったなら、中国に接近するはずです。

 (なんて事を考えていたら、安倍首相が中国の一帯一路経済圏構想に協力すると表明しました。で、思い出したのですが、少し前に日銀黒田総裁が中国のAIIBを評価する発言をしていました。さぁ、どうなるのでしょうかね?)

 もし、日中同盟が反米で共闘するような事態になれば、アメリカにとって…… いや、日本にとっても、世界にとっても最悪でしょう(何処の国もそうであるように、アメリカにも数多くの問題がありますが、それでも中国に比べれば遥かにパートナーとしてマシです)。

 アメリカという重い枷が外れたなら、中国はまず間違いなく暴れ始めます。これは言うまでもなく国際的な脅威です。

 つまり、日米関係は単なる二国間だけの問題ではなく、世界にとって重要なのですね。

 トランプ大統領が一時、反日的な姿勢を執って、日本の駐留米軍の存在に否定的な見解を示した上で、日本に「自分の身は自分で護れ」と核武装を認めるような発言をしてしまいましたが、アメリカ政府の人間達は、この発言に青くなったのじゃないかと思います。

 (実際、トランプ大統領の「日本にアメリカ基地費用の全額負担を求める」という発言を、アメリカ政府は「日本は基地費用を充分に支払っている」と否定していました)

 幸い、トランプさんは大統領に就任してからはこのような発言は控えるようになり、どちらかと言えば親日に傾いています。これは日本のアメリカ軍基地の地政学的な重要性と、日本との同盟関係の重要性に関する説明をアメリカ政府の人間達から彼が受けたからではないでしょうか?

 こんなエピソードからも分かる通り、日米の同盟関係を破壊しかねない日本会議“反米派”は、アメリカにとっても脅威なはずです。故に恐らく、その特性を把握しているだろうし、だから対抗策を執っているはずだとも思うのです。

 これは単なる憶測に過ぎませんが、或いは、東芝のアメリカ原子力会社WHの買収大失敗はその一例なのかもしれない、なんて僕は疑っています(まぁ、考えすぎだと思わないでもないのですが)。日本国民の犠牲を厭わないという日本会議の特性を知っているアメリカがそれを利用し、原子力発電所建設失敗の損失の穴埋めを日本に押し付けたのじゃないでしょうか?

 (原発は国策で、断れるはずもないその指示の犠牲に東芝はなった、という線が濃厚なんです)

 これによって、日本の原子力産業にダメージを与えられるし、アメリカは損失を被らなくて済みます。アメリカにとってみれば一石二鳥ですよね。

 そして、先に挙げた小池百合子さんです。

 実は彼女は日本会議に所属していて、親米派だという話があるのですよ。その彼女が自民党に反旗を翻すような形で、都知事選に立候補して見事に当選しました。しかも、就任後にケネディ駐日大使と会談を行っています。これはアメリカ側からの要請らしいです。

 (ただし、彼女には核武装容認派という噂もあります)

 これは果たして偶然なのでしょうか?

 僕には小池百合子都知事は、日本会議反米派を抑え込む為の刺客のように思えてならないのです。いずれにせよ、2017年の東京都議会選挙は、“小池都知事VS自民党”という構図で行われようとしています……

 

 (なーんて事を想像して、選挙戦を観ると、不謹慎ではありますが、ちょっと面白くないですか?)

 

 ■とにかく、日本会議にその実態をオープンにしてもらわなくちゃ困ります

 

 今回、情報不足のまま、かなり日本会議を悪く書いたと思います。正直に告白するのなら、それは僕のスタンスではなく、多少の罪悪感を覚えてもいます。

 ただそれは、日本会議が頑なに自分達の情報を隠しているからです。

 僕は反自民党のつもりはありません。できる限り公平中立の立場でありたいと思っています。しかし、実質、自民党が日本会議に乗っ取られていると表現しても過言ではない状況下で、その日本会議がどんな組織なのかも分からず、伝え聞こえて来る情報を基に考える限りにおいて危険と捉えるしかないのであれば、リスクヘッジの観点からも批判せざるを得ません。

 だって、普通は情報を隠しているからには、もし知られたら、到底支持を得られないような“何か、問題点”があるからだと思うでしょう?

 (例えば、韓国のカルト系宗教団体、統一教会との繋がりとか……)

 

 それと、日本会議問題は本質的には“政党の問題”ではありません。日本会議は野党にも影響力を持っていて、例えば民進党の有力議員も日本会議に所属していますし、だからなのか改憲派も多くいます。

 つまり、もし自民党が日本会議を切るか、日本会議が健全な団体なのだと分かれば、自民党政権のままでも何も問題がない事になるのですね。

 

 まぁ、とにかく、日本会議にその実態をオープンにしてもらわなくちゃ困ります。

 

 一応断っておきますが、これ、当たり前に必要な事ですよ? 政策に強い影響力を与えられる組織の実態が不透明なんて危険過ぎますから。

2018/02/27 追記

 訂正内容:アルゼンチンアリは、異なった遺伝子を許容するのではなく、遺伝子の変異が少ない事が、互いに争わない原因でした。


参考文献は、作中で書いたので省略します。


↓日本会議まとめサイト

https://matome.naver.jp/odai/2143424055925855801


↓日本会議について説明した討論番組

http://www.dailymotion.com/video/x4mqz6r


↓珍しく報道特集を組まれていたもの

http://www.dailymotion.com/video/x53n40j

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― 新着の感想 ―
[一言] すいません、一つだけ。 小池百合子氏の特別秘書で前都民ファーストの代表を務めた野田数という人物ですが、ウィキで恐縮ですが、こういう思想をお持ちのようですね。 「日本国憲法無効論を唱える。20…
[一言]  他の感想の返しも読んだんだけど、相手の問いかけは無視しておいて、一緒に呼びかけましょうよってのは、おかしいでしょ。 どう考えても、あなたに賛同していない、疑問視している感想ですよ。  あ…
[一言]  日本会議ってのは、いわゆる保守系の支持母体に所属する人々の言論活動する『場』の一つであって、それそのものは、組織だった活動団体でもありませんし、当然、直接的な政治的影響力をもっていません。…
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