少年ロウェルと広い世界(3)少年の境遇
男と少年は町の中央広場にあるベンチに座り、前を通る商人や、鉱石を掘りに向かっている採掘士などを眺めながら話の続きをしていた。
「僕は母さんと二人で暮らしてたんだ。母さんは優しくていろんな話をしてくれたんだけど、この前死んだんだ」
少年は淡々と話していて、男は少しばかりゾッとした。
(この坊主、母親が死んだってことを話しておきながら全く悲しんでなくないか?)
「僕は気にしてなかったんだけど、父さんがいなくて母さんは時々謝っていたんだ。でも僕はそれが普通と思っていたんだけど、それは違うみたいだった」
二人の前を鶴嘴を抱えた男が歩いていく。その後ろを女の子が走って追いかけ、お父さんと声をかける。どうやら弁当を忘れていたのか男は頭をかき娘を抱き上げ頬にキスをして女の子の持っていた袋を取る。その後ろを女性が歩いて近づいてきて、女の子はその女性の元までまた走って近づいて手を握った。二人は男に手を振り見送っている。
「…なかなか大変だったな、周りには他にいなかったのか?」
普通、親のいない子はその町村の長か、親しい人間が世話をするものだ。そしてまだ幼い子どもを一人で別の町まで行かせはしない。
「近くに村はあったよ、ケリーの村。でも僕と母さんは村の外のチーク川の近くの家に住んでたから、母さんが死んだ時には僕だけだったよ」
「そうか…」
少年の表情は変わらず、男はこの空気感に気まずさを感じた。
「そうだ、父親を探してるって言ったな、居場所とか分かってんのか?」
少年は首を横に振った。
「うんん、父さんは僕が生まれる前に家を出て帰ってきてないんだ。だから居場所も顔も分からない。でも母さんが父さんはどこかで生きてるって、そう言ってたんだ。だからどんな人なのか会って確かめたいんだ」
男はなるほどと思った。普通のどこにでもいる子どもと空気感が違うのは環境が特別だったから。父は居らず、母と二人村の外で暮らす、そして母は死んだ。まだ幼い少年を残して。この特殊な境遇がこの少年を作り出したのだ、男はそう思った。また、ある意味で自分とも似てるのではとも感じた。貧しい子ども時代を過ごし、盗みなどの悪行を行わなければ生きてこれなかった自分、周りの幸せな家族や子どもを見て、自分がその立場ならと考えたものだった。男の人生と少年の境遇が一致しているわけではないが、ある意味ではみ出たものであるということは一致していると男は考えた。
「ありがとうおじさん」
急に少年は礼を言った。
「?なにがだよ?」
「僕の話を聞いてくれて、家を出てしっかり話したのはおじさんが初めてになるよ。門の兵士さんを抜いたらね」
少年の言葉に男は笑った。
「それは良かった、そうだ、名前はなんて言うんだ?」
生ぬるい風が二人をゆっくりと超えた。少年の綺麗な白髪が風で揺れる。
「ぼくはロウェル、ただロウェルだよ」
「そうか、なら『白髪のロウェル』って名乗りな。父親探すのにその白髪は重要だと思うぞ?目立つようにそう名乗れ、それから俺は…リューグナーだ」