少年ロウェルと広い世界(1)哀れな男
ーソル大陸ー西方にある町ピータウンー
人気のないピータウンの酒場に痩せた男が入っていった。男はカウンターに座り、小さな小銭袋を取り出す。
グラスを拭きながら見ていた酒場のマスターらしき男が小銭袋を受け取る。重さを確かめた後、ちらっと中を見る。中には銅貨が10数枚と銀貨が2枚入っていた。
「…十分だろ?飲めるだけ飲ませてくれ。それから肉料理を頼む」
男の声に小さく頷き返し、マスターらしき男は酒と料理を作るために離れていく。
「…散々だ、まさか盗んだ宝石を盗まれるなんて」
男はため息を吐き、カウンターの後ろに置いてある酒ビンを見つめる。男がため息を吐いた理由は数日前に遡る。
ピータウンはソル大陸の西方に位置し、大地は荒野が広がっており、鉱石やそれらを加工した宝石などの鉱物資源は多く手に入るのだが、荒れた土では作物は育ちにくかった。そのため、東寄りの近隣国や町、さらには遥か東方からの旅団などからの輸入された作物を必要としていた。そのため町は商人や旅団には手厚いもてなしをしており、綺麗な宿場とさらには宝石を贈っていた。宝石類が多く手に入るとはいえ、価値は高い。子供の頃から貧しい暮らしをして、ならず者になっていく者たちは、生きるために宝石や食料などを盗むことが多かった。
それは酒場に来た男もまた同じだった。男は盗人だった。男は宝石を手に入れた後、東の豊かな国に逃げ、新たな人生を送ろうと考えていた。気候は乾燥気味で熱く、食料も水も貧しい者たちはギリギリしか手に入れられない。そんな暮らしを終わらせるために賭けに出たのである。
仲間を集い、4人で行動に出た男だったが、盗むことは成功した。生きるためにこれまでも幾度となく、食べ物などを盗んできたからだ。
だが、問題はその後に起きた。盗みを成功させ、町の外で野宿し、成功を祝って祝杯をあげていたと時だった。3人に裏切られてロープで縛られ、宝石を全て奪われてしまったのだ。情けとして銅貨と銀貨2枚を残されたのだった。
ドンと置かれた木造のジョッキを掴み、中に入った黄金色のビールを喉奥へと流し込む。まるで、惨めな自分を洗い流すかのように、それは身体の中へと入っていく。
「ブハーッ!アー!くそったれ!!」
男はジョッキを勢い良く下ろす。
「…ほら、チキンの照り焼きだ。飲むのは良いが、壊さないでくれよ」
マスターらしき男が鳥の綺麗に照り焼けた料理を持ってくる。
「大丈夫だ、あんたマスターか?」
「ああ…そうだが、あんたは?」
男は鼻を鳴らしその問いには答えずチキンに噛り付いた。
「…まぁ答えないってのも、ある意味答えてるってことだからな。なんか盗られたか?それとも盗り損ねたか…」
「…うるせえなぁ、どうだって良いだろ?生きるためにはやらなきゃいけないんだよ」
「ふん、働けば良いものを」
マスターは男に対して哀れむような蔑むような、そんな目をして離れていった。男もまた、舌打ちしてチキンを頬張った。