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第八話 外は危ないで

 もうどれくらいの距離を走ったろう。

 暗い夜道を勢いだけで駆けてしまい、ここがどこかもうわからない。

「やってしまった…」

 自分でも何であんなことを言ってしまったのかわからない。

「働きたくない」なんて、本当の気持ちではない。

 お兄ちゃんの助けになりたかった。一緒に外に出られるから、仕事でも嬉しかった。

 それに、仕事自体そこまで嫌だったわけでもない。

 時間が経つと、あの時怒っていた自分が嘘のようだ。

「帰らなきゃ…!」

 そう思って、来た道を引き返してみたもののここがどこなのか、本当にわからない。

 滅多に走らない距離を走ってしまった為に、アタシはかなり疲れていた。

 ひとまずどこかで休もう、とどこか休める場所を探した。

 しかし、一人で外なんて出るのは初めてで、どこで休めばいいのかわからなかった。それに、さっきまで気づかなかったが、すごく寒い。普段夜に外へ出るのは、散歩の時や仕事の帰りくらいで、外がこんなにも寒いとは思わなかった。

 どこか暖かいところはあるのだろうか。

 しばらく道なりに歩くと、明るいものが前方に見えてきた。

 光がある。人がいるのだろうか。少し歩く速度を速めた。

「あ、ここは…」

 同じ様な建物を見たことがある。たしか、コンビニというところだ。

 ガラス張りの建物の中を覗くと、人がいた。当然知らない人だ。

 ゆずは気づいてもらえないか、店の周りをウロウロしてみた。

 ガラスに前足をついて、立ち上がってみた。

 だが、コンビニの中の人は一向にこちらに気づく様子はない。

 仕方なくゆずはその場に座り込んだ。

 寒いが、明るいだけ人が近くにいるということがわかり、不安だった気持ちが少しだけ和らいだ。

 寝そべりながら、ボーッと道路側を眺める。

 こうして待っていたら、お兄ちゃんは来ないだろうか。

 いや、そもそも探してくれているのだろうか。あんなに酷いことを言ってしまったのだ。

 ゆずの目が熱くなり、視界がボヤける。

 しばらくすると、人の声がした。若い二人の男が歩いてきた。

 アタシはすぐに立ち上がり、尻尾を振りながらその男の人達を見た。

 男達もゆずの存在に気づく。ゆずを見て笑っている。

 助けてくれそうだ。

 そう思って、近づこうした瞬間、ゆずの顔の横を何かが過ぎ去る。

 後ろを振り返ると石が転がっていた。

 石が飛んできた…?

 男達を見るとゆずを見て、さっきよりも楽しそうに笑っている。

 悪意。ゾッとした。

 危険を察し、ゆずは逃げることにした。

 走り出すと、また石が飛んでくる。

 なんで笑っているんだ?あの人達は。

 アタシには全く理解できなかった。


 ゆずにとって人間は、可愛がってくれる存在でしかなかった。

 しかし、さっきのあの男達は明らかに今まで会った人とは違っていた。

 いつかお兄ちゃんに聞いたことがある。外は危険だと。悪い奴がいるということを。

 アタシにとって、初めての一人での外出は、あの時のお兄ちゃんの言葉を完璧なまでに裏付けた。

「ああいう人達がいるのか…」

 人が助けてくれないとなれば、アタシはどうすればいいのだろう。

 何もわからないまま、アタシは安全そうなところを探し、再び歩き始めた。


 ----


 杏子にも来てもらい、二手に分かれてゆずを探した。

 ゆずの写真を持って、すれ違う人にゆずを見かけていないかを聞いたが、手がかりはない。

 そこらの野良犬にも聞いたが、まったく目撃情報はない。


 杏子に、先の件のことで怒られた。

 ゆずは、犬は、お金稼ぎの道具ではないと。

 反省していた僕は、何も言い訳できなかった。

 ゆずが家を飛び出してから二時間になる。夜の十一時過ぎだ。

 無事だろうか。そもそも家庭犬で、外で生きていく術を持っているわけではない。

 十二月末のこの寒さを、一体どれくらい耐えられるのか。

 僕は不安を胸に押し込めつつ、ゆずを探し続けた。


 ----


 中に入れる建物を発見した。人や動物の気配はない。

 ひとまずここなら安全だろうと、休むことにした。

 それにしても寒い。震えが止まらない。

 体を丸めながら、アタシは目を閉じた。


 鳥のさえずりが聞こえる。朝になったようだ。太陽の光が差し込んでいる。外へ出ると、夜よりはいくらか寒さがマシだった。

 明るくなったことで、辺りの景色が見渡せたが、相変わらずここがどこなのかまったくわからない。

 歩き始め、ふと思い出す。今日から映画の撮影だ。

 自分がいないことでどうなるのであろう。こんなことでもお兄ちゃんに迷惑をかけている。自責の念が募った。


 車通りの多い道に出た。周囲には、少し高い建物がある。

 見たことがあるようなないような景色。

 ピーーーーーーッ!!大きな音が鳴る。

 びっくりして、後ろに下がった。目の前を車が通り過ぎる。

 音が苦手な上に、車にひかれそうになったことによりアタシはうなだれた。どこを歩いていいかわからない。

 困った。動けない。

 前足後ろ足をついたり浮かしたりしながら、周囲の様子を伺ったが、やはり動いていいタイミングがわからない。

「嬢ちゃん!こっちだ!」

 声のする方を見ると、一匹の大きな茶色い犬がいた。

「今だ!来い!!」

 アタシは思い切りその犬へ向かって走った。無事犬のもとへたどり着けた。

「ありがとう。おじさん」

「おめぇ、見たとこ飼い犬か?こんなところに一人でいるってことは、飼い主とはぐれたのか?」

 アタシは少し後ろめたさを感じながら、頷いた。

「ちっ、しょうがねぇ。ついてきな」

 そう言うと、大きな犬は歩き出し、アタシはついて行った。


 ----


 夜を徹して探したが、ゆずの手かがりは何も掴めなかった。

 映画の仕事は、ひとまず今日のところはゆずの体調不良で行けないことにした。映画の撮影なので、欠席は大変なことだが、どうしようもない。

「ゆず、どこまで行ったんだろう」

「小さい体だから、そこまで遠くには行けないはずなんだけど…」

 杏子の問いに、僕は答えた。

 家の辺りはもとから人通りが少ない上に、夜だったのでなおさら目撃情報がなかった。

「もう少し休んだら、また聞き込みしましょ。明るくなったから、目撃されてるかも。家庭犬だから一匹だと目立つだろうし」


 ----


 橋の下。ここが大きな犬の住んでいる場所らしい。

 汚れた毛布などが置いてあった。

「腹減ってねぇか?」

「うん、少し空いた…」

 犬は箱から食べ物を取り出した。あまりいいニオイはしない。

「これでも食え。いつも食ってるようなメシと違って美味くはないだろうが…」

「ありがとう」

 食べると砂や何かが混じっているような味だった。この際文句は言ってられない。

「おじさんは、野良犬?」

「見ての通りだ。昔飼われてたこともあるが…」

「え!そうなの?なんでまた野良犬に?」

「…………」

 犬は、どこかを見つめたまま、アタシの質問には答えなかった。

「嬢ちゃんは、どうして飼い主とはぐれた?」

「それは…」

 アタシは、お兄ちゃんとのことを話した。大きな犬は、お兄ちゃんと犬が話せることに驚いていた。

「なるほどな。家出なんて変な話だと思ったが、飼い主と話せたわけか。会話ができるのは幸せなことだが、今回はそれが仇となったな」

「家出ってやっぱり変?」

「普通なら犬はしないだろうな。飼い主に懐いているだろうし、一人で外へ出るのも嬢ちゃんみたいな犬なら恐くてできないだろう。だがおめぇは、人間世界を知り過ぎた。どういう経緯であれ、外へ出ても大丈夫だと思ってしまったんだろうな」

「うん、一人でも生きていけるって思ってた…。でも外って恐いね。おじさんは、一人で平気なの?」

「まぁ、もう慣れたな。外の世界は少なくとも家の中よりは危険だ。生きていくにはそれなりのコツがいる」

「おじさんは、飼われてる時と一人でいる時なら、どっちが楽?」

「さあな。正直よくわからん。ただ飼い主といた時期は楽しかったな。面倒くさいこともあったが…」

「一人だと面倒くさいことはない?」

「面倒くさいことはないが、生きていくためにしなければならないことは多い。住処の確保、食料の確保、安全の確保。これらは、飼い主といれば保証されるだろう。守ってくれるからな。だが一人になれば、それはすべて自分でしなければならない」

「アタシね、少し考えてたの。野良犬だったら働かなくていいんだって。でもだからって、野良犬が楽とは限らないのね」

「おれは働いたことがないから、嬢ちゃんがどれくらい大変だったかは知らないが、野良犬の方が楽とは言えんな」

 家を飛び出して、まだ一日も経っていないが、外で暮らしていくことは想像以上に厳しいことを実感していた。

「アタシ、お兄ちゃんのとこに帰りたい…」

「そうか」

「でもお兄ちゃん怒ってるかも…。アタシ酷いこと言っちゃった」

「怒ってるかもしれんが、きっとおめぇのことを探しているとおれは思う」

「えっ、そうかな?」

「嬢ちゃんの話を聞くところ真っ当な飼い主だ。今頃気が気でないだろうな」

「……アタシ、早く帰らなきゃ…!」

「行くのか?」

「うん!おじさん、ありがとう!」

「気をつけろよ。外の世界は、嬢ちゃんが思っている以上に危険だ」

 危険でも帰らなければ。いや、帰りたい。お兄ちゃんに会いたい。

 アタシはおじさんと別れて、再度家を探し始めた。

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