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第七話 冬は寒いもんやで

 モデルの仕事は、日を経る毎に増した。

 お兄ちゃん曰く、アタシが売れている証拠らしい。

 写真撮影が多く、ここからは映画の撮影も入ってくるようだ。

 売れることは、嫌ではなかった。むしろ嬉しい。

 みんながアタシのことを可愛いと言ってくれる。お兄ちゃんからは仕事の度に、ご褒美で美味しいご飯をもらえる。みんなに会えて嬉しいことを表現するだけで、とても贅沢な思いをさせてもらえるのだ。こんなに良いことはなかった。

 しかし、同時に疲れることも事実だった。

 気づいたら寝てしまっていることが多い。

 まず、移動がストレスだった。ペット用のキャリーケースに入れられ、長時間狭い中で揺れ続ける。じっとしているだけだが、これが結構体に堪える。

 仕事でたくさんの人に可愛いがられるのは嬉しいが、アタシがどんなに疲れていようが、好きなように触られることもストレスだった。

 どんなに寝たくなっても、仕事中は寝かせてもらえず、お兄ちゃんの命令を聞かなければならない。

 働くということは、こんなにも大変なことなのか。

 お兄ちゃんがよく仕事を辞める理由がよくわかった。

 こんなにも辛いのに、働かなければ人間社会では生きていけない。

 それは、よくわかっている。

 わかっているのだが、コスケの話を聞いてからアタシは色々な事を考えるようになってしまった。

 ペットとは、そもそも何なのか。

 アタシは小さい頃からお兄ちゃんと一緒だから、こんな疑問を感じたことはなかった。

 この世の中には、野良犬というペットでない犬も存在している。彼らは働かずに、人間の指図も受けず生活をしている。

 飼い主のいない生活、想像することができないが、それは楽なのだろうか。飼い主がいなければ、お兄ちゃんがいなければ働かなくていいのだろうか。

 コスケは、働きたくないと言った。その考え方に共感すると共に、反感を抱いた。

 だって人間は、働きたくなくても働いて、自分のために、あるいは家族のために、そしてアタシ達ペットのためにお金を稼ぎご飯を与えてくれる。

 その飼い主に協力すること、つまり働く事を嫌だというのはワガママではないのか。

 いや、それはワガママなのか。

 コスケが言ったことは、アタシにはワガママに聞こえなかった。だから、助けたいと思った。

 助けたい、いや自分も助かりたいのだろうか。

 アタシは働きたいの?働きたくないの?

 わからない…。

 とにかく、コスケのことは伝えなければ。約束したのだ。


 ----


 明日からいよいよ映画の撮影が始まる。

 ゆずの役は、主人公家族のペットの役であった。ゆずには様々な演技が期待されている。台本を読んだが、ゆずだからこそできるような演技がたくさんあった。

 ゆずなら問題なくできるだろう。この映画でより人気を得るはずだ。

 心配なのは、最近のゆずの様子であった。

 ただ疲れているというだけではない。心ここに在らず、とでも言うのだろうか。話しかけても反応が返ってこないことが多々ある。

「お兄ちゃん」

 ゆずが膝の上に乗ってきた。

「お願いしたいことがあるの」

「お願い?ご飯はもう食べたろ」

「そうじゃなくて、コスケのこと」

「コスケ?」

「この前一緒に仕事したでしょ。そこでコスケが泣いてたの」

 僕はゆずの頭に手を置きながら、話を聞いていた。

「コスケね、仕事したくないんだって。外に出たり、人に会ったりするのが恐いみたい」

「ふむ。って、まさか…」

「うん、コスケの飼い主にコスケが恐がってること伝えて欲しいの。だって、かわいそうでしょ」

 僕は返答に困った。犬と話せることは、極力内緒にしておきたいことだ。

「たしかに、かわいそうだな。泣くほど恐がってるのか」

「うん…」

「でもおれはコスケの飼い主とほとんど面識ないし、飼い主さんに伝えても、たぶん意味ないだろうな。おれのこと、きっと頭おかしい人だって思われるだけだと思う」

「でも、それじゃあコスケは、ずっと恐い思いしちゃう…」

 正直に、助けてあげたいとは思った。

 でもどうやって伝える?「コスケくん、恐がってますからペットモデルを引退させてやってください」とかか。

 あれだけ売れているのに、「はい、わかりました」と済む話でもないだろう。

 犬と話せるなんて、証明しようがない。

 杏子にも主張してもらうか?いや、怪しい二人組みがライバル犬を蹴落とす為の手段として来たと捉えられてもおかしくない。

 仮に信じたとして、辞めさせてくれるだろうか。

 もし、ゆずが仕事を恐がっていても、僕の場合だと辞めさせることはできない。他に収入の当てもないし、こんなに売れてしまったら、他の仕事をするのは馬鹿馬鹿しい話だ。

 それはコスケの飼い主にとっても同じだろう。

 ……って、おれひどくないか?

 泣くほど恐がってるなら辞めさせてあげないとーーーーー


「ゆず…。たしかにコスケはかわいそうだし、それは飼い主の方に伝えるべきかもしれない。でも人間も犬も一緒で、働かないとご飯は食べていけないんだよ。生きていけないんだ。だから恐ければ、仕事を辞めてもいいという話でもないんだよ」

 僕は自分に言い聞かせるつもりで、喋った。

「それって…」

 ゆずは何かを言いかけて止めた。

「たしかにお兄ちゃんの言う通りだと思う。でもお兄ちゃんは、仕事が嫌で辞めてきたのに、なんでコスケはモデルを辞めちゃいけないの?」

「それは…あれだよ。おれの場合辞めても他の仕事があるけど、コスケの場合はないだろ。やるしかないんだよ」

「なんで?」

「なんでって、お前…」

途端、ゆずの顔が険しくなった。

「なんでアタシは働かなきゃいけないの!!?」

 ゆずが膝から飛び降りた。

「ゆず…?」

 ゆずが頭を低くして僕を睨みつける。

「お兄ちゃんは、今働いてないじゃない」

「ちょっと待て。ゆず。おれはお前のマネージャーとしてだな…」

「アタシに働かせて、楽したいだけじゃない!」

 さすがに僕も頭にきた。

「あのな、ゆず。おれは今までお前のために働いてきたんだぞ。お前が家でずっと寝ててもおれの働いたお金でご飯を食べてたんじゃないか」

「じゃあアタシをなんで飼ったのよ!?」

 僕は咄嗟に答えが出なかった。

「アタシだって働きたくない!明日から映画の撮影毎日なんでしょ?そんなのヤダもん。アタシこの家出て行く!」

「おま……出て行くって、どうやって…」

「一人で生きていけるもん!」

 ゆずは玄関へ走り出した。しかしドアは閉まっているし鍵もかかっている。

 が、ゆずは口で鍵を回し、無理矢理ドアを開けた。

 慌てて僕はゆずを追いかけた。

「ゆず!」

 ゆずが外へと飛び出していく。

 僕もすぐさま外へ飛び出したが、外は真っ暗ですでにゆずの姿もない。

「いつから、ドア開けられるようになったんだよ…」

 とりあえず僕は走り出した。ゆずを一人にしてはいけない。


 しばらく探したが、ゆずの姿はどこにも見当たらなかった。

 犬の帰巣本能とやらで、家に帰っているかもしれない。そう思い、家へと足を向けた。

 ゆずに言われた言葉を思い出す。

「じゃあアタシをなんで飼ったのよ!?」

 なんでって、少なくとも働かせるためではなかった。

 世話がしたかったわけでもない。


 そうだ、友達が欲しかったんだ。

「おれは勝手だな…」

 ペットは人間が飼いたいと思って飼うものだ。

 だから飼い主が世話をする、それは当たり前のことなのだ。

 なのに僕は、偉そうにゆずにご飯を食わせてやったなんて言ってしまった。

 ゆずを飼うと決めた時、少なくともあいつは「飼ってくれ」なんて言ってこなかったじゃないか。

 それなのに僕は…。

 犬と話せることで、僕は犬を同格に見てしまっていた。

 でも犬は犬なのだ。働かなくて生きていけない?人間社会のルールに勝手に当てはめたのは人間だ。僕自身だ。


 家にゆずがいることを祈り、僕は家のドアを開けた。

「ゆず、ただいま」

 ゆずが尻尾を振りながら飛び出してきて、僕を歓迎する。

 その見慣れた光景を見ることはできなかった。

 部屋は電気が点けっぱなしで、嫌味なくらい明るい。

 明るくなくてもゆずが飛び出して来ない時点で、ゆずがいないことはわかる。

 12月末、部屋はいつもより広く寒かった。

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