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第五話 友達ができたで

「ゆず〜!おいで〜!」

 ゆずが嬉しそうに走ってくる。

「よし、バッチリだぞ」

 ゆずを抱き上げると、顔を舐められた。

 雑誌の写真撮影現場だ。

 ゆずの走っている写真が上手く撮れている。


 番組出演してからというもの、ゆずへの仕事依頼が圧倒的に増えた。

 スケジューリングが大変で、僕は本当にゆずのマネージャーとなった。

 コンビニのバイトは速攻辞めた。もうこれで僕を縛るものは何もない。

 バイトを辞める決め手は、映画への出演決定であった。

 ゆずは映画が何か分かっていないが、これは大変なことである。ゆずを大スターにするつもりだった僕も、まさかこんなに早く出世するとは思っていなかった。

 おかげで忙しくはなっているが、嬉しい悲鳴である。


 ただ気がかりなこともあった。

 ゆずが仕事が終わる度に、爆睡することだ。

 常に慣れない環境で、知らない人達との仕事である。

 いくらゆずが人を好きと言っても、やはり疲れるものなのだろう。


 ゆずと一緒に家に帰ってきた。ゆずはペット用キャリーの中でブゥブゥ寝ている。

 一つの小包が届いていた。

 開けると、マスコット人形が入っていた。ゆずの人形である。

「あぁ、そういえばそんな話してたな」

 商品サンプルであった。これがもうすぐ世に売り出されるらしい。何とも笑える。

 よく出来た作りだ。完全なブルドッグではなく、しっかりとシーズーである。

 お腹のところに「PUSH」とあったので押してみた。

「ブゥ」

 ゆずの声そのものを録音したものだ。

 僕はこのマスコットを自分のリュックにつけて、ご飯の用意に取り掛かった。

「んん、もう家か」

 ゆずが起きた。

「おう、お疲れ様」

 ゆずが起きたので、まずはゆずのご飯の用意をすることにした。

「明日も仕事だっけー?」

「そだよ、明日はこの前からゆずが楽しみにしてた、他の犬も出る番組だよ」

「あ!そっかー!うふふー、お友達できるかなー」

「良い子達だといいねぇ」

 ゆずは人も好きだが、他の犬、いや動物にもとても興味を示す。

 こういうところが、愛嬌がにじみ出る要因でもあるのだろう。

「ほれ、ゆず、ご飯だよ」

「おっしゃー!」

「ゆっくり食べなよ」


 ----


 翌日。

 アタシは朝からウキウキしていた。他の犬と仕事なんて初めてだ!

 というかそもそも他の犬と絡んだことがほとんどない。

 散歩中に他の犬を見かけて、絡みに行こうとしてもお兄ちゃんに止められるし、相手方の犬もビビってしまって一向に絡めたことがない。

 でも今日は止められることもないし、他の犬も絡まざるをえない状況になるわけだから、これなら友達ができるかもしれない。


 いつも通りペット用のキャリーケースに入れられて、電車に乗ってテレビ局へと向かった。

 この移動だけはどうにも慣れない。狭くて窮屈で、ストレスばかり溜まる。

 なぜこの世はお利口な犬でさえもこんなケースに入れられなければならないのか。犬のアタシには全く理解できなかった。


 テレビ局に着くと、まずは楽屋というところで待たされた。

 お兄ちゃんの説明によると、これから他の犬と番組前の対面らしい。

 知らない人がやってきて、お兄ちゃんに何かを伝えた。

「ゆず、他の犬に会いに行くぞ」

「おぉ、待ってました」

 お兄ちゃんに抱き上げられ、部屋を移動する。

 何やら他の犬のにおいがしてきた。

 ある一室に入ると、たくさんの犬がいた。

 1、2、3、4、5匹いる。……ん!?

「あー!!」

 思わずアタシは声を上げてしまった。

 お兄ちゃんと他の犬が一斉にアタシを見る。

「お兄ちゃん!あいつ、コスケだよ!」

「へ?」

 コスケがこっちを見てビックリしている。

 というか他の犬もビックリしている。

 お兄ちゃんが犬と話せることを知ったからだ。

「あの人、おれらと話せるのか?」

 柴犬が疑い深そうに口を開いた。

 お兄ちゃんは、少し気まずそうにしている。

「あ、みなさんこんにちは〜、東城です。こいつはゆずです。よろしくお願いします…」

 お兄ちゃんが他の人達にあいさつすると、私は他の犬が入っている大きな箱のようなものに入れられた。

 アタシは、他の犬に警戒されている。

「ゆずっていったか。あの人の言葉、オイラにわかったぞ。あの人はオイラ達と話せるんだな?」

 ブルドッグが話しかけてきた。初の生ブルドッグだ。

「う、うん!他の人には内緒みたいなんだけど…」

「なんでボクの名前知ってるの?」

 おどおどした声でマルチーズのコスケが質問してきた。

「コスケは、オーディション会場一緒だったんだよ。気づかなかった?アンタすごい緊張してたもんねー。ってか今もすごい緊張してるね」

 コスケの体はぶるぶる震えていた。

「そうなのよ、この子さっきからおびえちゃってて、かわいそうなの…」

 綺麗な見た目のポメラニアンが気の毒そうに口を開いた。

「おぅ!コスケ!そう震えるなよ!もうオレ達友達だぜぃ!!」

 こいつは、何だろう…。アタシと顔が似てる気がするが、ブルドッグではない。というかすごく面白い顔をしている。


 ----


 僕はゆずと5匹の犬達との様子を冷や汗をかきながら見ていた。

 初の他の犬との絡みだし、僕が犬と話せることもあっさりバレてしまった。

 幸い犬達は、もう気にしていない様子だが、この収録中色々大丈夫だろうか。

 それにしてもゆずはブルドッグに似ていると思っていたが、こうやって見比べるとパグとも似ている。いずれにせよ、ゆずはやはり面白い顔だと再認識する僕だった。


 ----


 アタシはすっかり他の5匹と仲良くなった。

 いや、コスケだけは相変わらず緊張しているが…。

 他の犬の名前がわかった。

 柴犬のシバ、ブルドッグのイモ、ポメラニアンのスー、そしてあの面白い顔の奴はパグという犬種で名前はドンというようだ。

 ドンもアタシと同じことを考えていたようで、さっきこんな風に声をかけられた。

「ゆずってば面白い顔してんな!まぁオレの方がオモロイけどな!バハハハハ!」

 失礼な物言いだったが悪い奴ではなさそうだ。

 他の犬達もアタシと一緒でどうやら売れっ子らしい。

 シバとスーはアタシのことを知っていたようだ。

「通りでゆずちゃんって頭が良いのね。人の言うことがわかれば、命令も理解できるものね」

「おれも自分のこと賢いと思ってたんだけど、ゆずのこと知った時はビックリしたもんなー!そういうことだったんだ」

 お兄ちゃんと話せるということで、いろんな事を質問された。飼い主と話せるということは、それだけスゴイことらしい。

 アタシはお兄ちゃんと出会ったのはすごく小さい時なので、それが当たり前になっていた。

 アタシも他の犬達に質問をしてみた。

「みんなはさぁ、お仕事のことどう思う?大変?」

 シバが真っ先に答えた。

「仕事好きだよー!いろんな所に行けるし、ご主人様のお役に立てるし、たくさん褒めてもらえるー!」

「私はそうね、シバと一緒で好きな面もあるけど、時々しんどいかな。おウチでご主人様と一緒に毎日ゆっくりしたいなぁって思う時もあるわ」

「オイラはどっちでもないかなー」

「オレは仕事好きだぜ!みんなオレの顔見て爆笑するからよー!」

「ふんふん、なるほど。って、コスケいつまで震えてんのよ!コスケはどうなの?」

「ボクは……」

 コスケの話を聞くために、一同が静まった。

「ボクは、仕事キライ……」

「おーーーー!!」

 ドンが叫ぶ。

「どうしてキライなの?」

 一同が耳を傾ける。

「だって、電車とか乗るの恐いし、他の人のことも恐いし、こうやってみんなと話すのも恐い…。おウチに帰りたいよ…」

 コスケの目から涙の粒が出てきた。

「ダイジョブー?オイラ恐くないよ」

 イモがコスケの涙を舐めてあげた。

「ありがとう、イモくん。そうだね、みんなのことは恐くないかも…」

「気の毒だね。こういう時ご主人様と話せると、いいんだけどなー」

 シバの一言に、アタシは気まずくなった。

「そうか!そうだぜ!ゆず!お前のご主人様に言って、コスケの飼い主に恐がってるって伝えてもらおうぜ!」

「うーん……そうしてあげたいんだけど、アタシのお兄ちゃんは犬と話せること内緒にしたいみたいだし、難しいかも…」

「おーーーー!!」

 ドンがまた叫んだ。

 アタシにはこの時、他にも複雑な思いがあった。でも、それは誰にも言えない。


 この後収録が行われた。

 アタシ達犬が一匹一匹紹介され、みんなで絡んでいるところを撮っているようだ。

 コスケは相変わらず元気がなかったので、みんなが励ますように絡んでいった。


 収録が終わった後、アタシはコスケに声をかけた。

「コスケ…」

「なーに?ゆずちゃん」

「アタシ、一応お兄ちゃんに、ご主人様に言ってみるよ。コスケが仕事嫌がっていること」

「ホント!?」

「うん。でも、あまり期待しないで。お兄ちゃん、人に犬と話すことがバレるの、すごく嫌がってるから…」

「そっか。それでもありがとう。ゆずちゃんも優しいね」


 こうして、今日のテレビ局での仕事は終わった。


「ゆず、どうだった?他の犬達と仕事して」

「あ、うん。すっごく楽しかったよ!みんな個性的で笑えた」

「そっか。最初冷や冷やしたよー。おれが犬と話せるってすぐにバレちゃってさ」

「アハハ」

「ゆず、疲れてるか?」

「え、まあそうだね。今日も爆睡しちゃうかも。お仕事って大変だね」

「そうだな。でもこれでまた美味しい物いっぱい食べられるぞー!」

「そっか!今日も何か買ってくれるのー!?」

「そうだなー。今日は初の他の犬達との仕事を記念して……」

 12月の寒い帰り道。

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